本殿の奥で、祭典が静かに執り行われていた。
人の写真を撮りたかったが、少しだけ。
今日気になることは、どうして大きな神社になったのか。
また、どうして狐なの、稲荷と呼ばれるのか。
人は歩いていなかった。 神社には、それなりにいたが。



楼門の中の像。 左側。 有田焼。

清水の舞台。 ここに本殿が。

鬼の面だが、黒いのもあった。

こんな感じで人が。 今日はみんな、お祓いをしてもらってるようだ。 受付をして。

本殿の舞台から、下を。

祭典は始まっていた。 受付しないと、中には入れない。

女の人が舞っていたが、昨日練習していたのは、これだった。


外での催し物はないことが分かって、少しがっかり。 奥の院に向かった。

石壁神社(せきへきじんじゃ)
祐徳稲荷神社が、多くの人の信仰を集めている理由は、この神社にかくされていた。 こうだった。
祐徳稲荷神社は、約300年前、鹿島3代藩主に嫁いだ花山院万子姫が、京都の稲荷神社の分霊を持ってきたのが始まり。
二人子供を授かるが、二人とも亡くす。
その姫が80歳になった宝永2年、石壁山山腹のこの場所に、崖を削ってこの神社を建てた。
完成したら、この中で、国や人々の安泰を祈願して断食の行を積んだ。
そして、そのまま入定(命を全うすること)した。 ※ 亡くなったということ。
この話が、人々の心をつかまえているようだ。
姫を慕って、やってくる。

これは、命婦社(みょうぶしゃ)。 この名前は、よく目にした。

説明は、こうです。

稲荷神社には、白い狐が祭られている。
どうして、稲荷神社と言えば狐なのか、こんな説明が、ネットのある所にあった。
稲荷神社というのは、もともと、稲の豊穣(ほうじょう)と関わりが深いそうだ。
狐はネズミを食べてくれるので、大事にされるようになった。 それが、始まりのようだ。
※ 狐の持っている雰囲気とか、他の理由もあるそうだが。

いい雰囲気の所が、時々ある。 ただ、コンクリートが目立った。

昔の道は、危険だったため、山を削った。



白い狐は、どこにでも。

小さな神社(祠)がいっぱいあったが、全体に傷んでいた。



ここが、奥の院。(中央) 下から、20分ほどでしょうか。

なぜ稲荷神社というかですが、このようです。
京都の東山には、山が連なっているが、その一番南に、稲荷山がある。
そこは、伏見という場所。
そこに出来た神社の名前が、伏見稲荷神社になった。
ここの石段は、管理が別なのかな。 雑然としていた。
石段が美しい所は少ない。 特別によかったのは、この3つかな。 ※ 関連ブログ 山寺 羽黒山 室生寺
有明海。 ずっと奥は、佐賀市のよう。

鹿島市は、手前。

東方面。 道の駅は、こっちに。

別の下る道があった。 道が危険とあったので、行きたくなって行ってしまった。

神社の風景。 お祓いは、5000円からとあった。



お札を売っている。

馬をなでたり、馬に乗せたり。


駐車場に戻った。 佐賀弁なのかな。

道の駅 鹿島に寄った。 この棒は、ノリ網の支柱と、後で分かった。 海の向こうが見えない。

魚を捕る網。 昨日、宙太さんが教えてくれた。

今は干潮。 泥の海だった。 鳥は、這って歩いていた。

おしまさん。

こんな伝説が。

となりの道の駅、太良にきた。

ノリ網支柱が、近くに見えた。 豊かな海だが、青々とはしていない。

この海岸線を、長崎本線が通っている。 高速の、長崎自動車道は通っていない。

急に寒くなってきた。 ※ 10日の朝には、雪が舞った。
また暖かくなるそうなので、少しの辛抱。
面白そうなところを見つけるのに、少し苦労しています。
今日行く、諫早市の方に、道の駅はない。
何とか、なるでしょう。
【道の駅】 太良
【明日の予定】 諫早かな。
【今日の歌】 アコースティックギターの曲を一つ(YouTube) 曲名とか読めない。
【ブログランキング】 国内旅行1位、旅行全体で5位です。
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あるのは、寺や資料館などだった。 魅力を感じる所を、見つけられなかった。
鹿島市に、ちょっと雰囲気の違う伝建地区と、土産物屋が多い神社が見つかった。
何かありそうと、向かった。
酒蔵通りの入り口。 ここの酒蔵の匂いに、誘い込まれた。 この場所はここ。
実際は、ここの駐車場を利用させてもらった。

入った所は、お店。 その奥では、実際にお酒を作っている。
匂いで、焼酎でないと分かった。 ここは、日本酒。
このように、店の中が魅力的な方が、入りやすい。

作っているところは、お店の方から見えた。
昭和の写真展があったので見た。 社長のコレクションという。

昭和の物が、たくさん展示してあった。 左側に、レコードが。

昔は、こんなレコードだった。 懐かしい。
ジャケットをクリックすると、そのレコードに入っているのが聞けますよ。(録音が同じ)
※ 音の良くないのもある。 わたしの城下町は、完璧。






※ 竜飛岬は、このブログに。
発展途上の伝建地区だった。 ※ 伝建地区~重要伝統的建造物群保存地区

市役所の方がいた。 右の建物の改築(復元)について、話し合っていた。(関係する所と)←抽象的

市役所の方2人と、少しだけ話した。
話を通して、基本姿勢が分かった。
① 今、白壁の家を、昔の姿に戻す取り組みをしているが、急いでいないこと。
② 利益を上げることを、最優先にしてはいないこと。
③ 伝建地区の取り組みで、何ができるかを考えていること。
③も大事なんですね。 何があるかって、例えば
・基本は、多くの人に来てもらって、この地域の経済が潤う。
でも、これは、結果そうなればいいと考えるのが、考え方としてはいい。
・伝建地区の取り組みを通して、街づくりを考えることになる。
・伝建地区が、地域の人達の交流の場となる。
・定年になった人達の、生きがいの場を、ここに作る。
他にも、もっとありますよ。
この町の昔を大事にすることは、今を大事にすることにつながる。
子供たちにも、その考えは浸みていく
伝建地区は、子供たちの学習の場としての機能を持たすことも、可能になりますね。
酒蔵通りは、子供たちの遊びの場になってもよさそう。
車の制限速度を、20㌔にして。 ※ スピードを出せないように、道に、小さな山を作る方法もある。
近くに、祐徳稲荷神社がある。
そこに来た人たちが、ここに寄るようになったら、大成功。
今でも、来ているから、難しいことではない。
ここは、地理的に恵まれている。
市役所の方たちの考え方もいいので、多くの人達でにぎわう日が、必ず来ますよ。
※ 大内宿、関宿、美々津が参考になるでしょうか。 あと、出水麓武家屋敷群。
思いついたことを、少しだけ、書いてみました。

案内所のような所に、ひな人形が。 ただ飾っている所は、ない。

茅葺の、旧乗田家住宅。


裕福でないと、こんな家は建たない。 普段は、ボランティアの人がいるのかな。

道と平行に、浜川が流れている。

水が光ってる。 これも春か。

名前は、?。

屋根の形に個性があり、建物ががっしりしている。


通りの入り口の、肥前屋さんに戻って来た。 浜の方に向かった。

茅葺の家が、修復中だった。

使える材料は、全部使う。

下が腐って切った時も、このように付け足す。

赤の柱が弱いので、黄色の柱を、横に添えた。


こうなんですね。


この家は、完成。

夷(えびす)三郎の祠。 佐賀県で、最も古い物の一つだそう。 1687年に出来た。

この家も、完成。 お地蔵さん。


祐徳稲荷神社に向かった。 10分もかからない。 郊外は、こんな感じ。

土産物屋さんの数の多いこと。 金毘羅さんもかなわない。

やっと見えた。 ここです。

お稲荷さんだから、狐。

驚きの規模だった。

情報誌には、日本三大稲荷の一つとあった。
※ 一般的に、三大稲荷は、ここと、総本社の伏見稲荷大社と豊川稲荷妙厳寺のよう。

太宰府天満宮に次ぐという。 参拝者の数が。 年間、300万人。 偶然、明日例大祭。 人を撮ってきますよ。

御紙楽殿。 これが、本殿かと思った。


ここの神社の創建は、1687年。 古い方ではない。

神社や寺は、平坦な所にあるより、このように変化に富んでいる方が、歩いていて楽しい。

ここが、本殿。 3代目の建物で、昭和32年に建てられた。

どこを見ても、美しい。

下は、こう。


明日の例大祭に向けての準備か。

色の使い方が、何とも言えない。

下りてきて気付いた。 更に上の方にも建物があった。

最初に見るべきものを、最後に見た。 ここの横に、明日例大祭と書いてあった。

浜宿の伝建地区は、いい形で整備されていくように思います。
明日は雨の予定。 午後から止みそう。もう一度行ってきます。
日本中には、知らないところが、いっぱいある。
このことを、また、思いました。
【道の駅】 鹿島 ここです。
【巣の予定】 再度、祐徳稲荷神社。 人を撮ってきます。
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※
佐賀から福岡への筑前街道で、交通の難所のため、昔のまま残っている所がありました。 そこを歩いた。
道の途中に、日本で最初にお茶が栽培された所がありました。 確かなようです。
また、そこは昔、山岳仏教の聖地でした。
筑前街道は、正確には、佐賀の神崎から、福岡の那珂川まで。
今日歩いたのは、真ん中の赤い丸の辺り。 峠を上った。
拡大すると、こう。
新しい国道は、赤丸の左に出来、トンネルを抜ける。
トンネルの少し手前に、昨日の道の駅があった。
筑前街道は、道の駅で知った。
山岳信仰のことと、お茶のことがあったので、行くことにした。
道の駅は、新しい国道にある。
旧国道は、上の地図の赤丸を通る。
筑前街道が昔のまま残っている所は、途中から山に入る。
入り口が、下の写真。
残された所は、難所のため、車の通る道には出来なかったと思う。
この道は、今日も一人。
九州には、熊がいない。 だから、安心。
リュックに、水と、お菓子を少し入れた。
黒い線のところを歩いた。
現在地から、点線につながる道と、点線が、筑前街道。
ここが、国道にならなかった。
下の白い線は、旧国道。
街道でないところは、建物を結ぶ道。
道は、昔の幅で整備されていた。
少し上ると、お茶の木(茶樹)が見えてきた。 今も植えている。
ここは、「日本最初の茶樹栽培の地」と言われている。
※ ネットで確認しました。 信憑性が高いようです。
だいぶ登ったら、見晴らしのいい所に出た。
昨夜停泊した、道の駅が見える。
ここは昔、九州では3本指に入る、山岳仏教の聖地だった。
中心の寺が、下の写真の、霊仙寺(りょうせんじ)だった。
※ 正確には、ここは霊仙寺跡で、その場所に、この乙護法堂が建てられた。
1191年に、臨済宗を開いた栄西がやってきた。
鎌倉幕府が開かれる前の年だ。
栄西は、宋より持ち帰った茶を、ここで育てた。
下の写真の左に、茶についての石碑が見える。
考えて見たいのは、どうして、こんな山の上にお寺を建てるのかと言うことかな。
調べてみました。
もともと日本には、山に畏敬の念を持つという、山岳信仰がありました。
また、奈良時代、宗教が政治と結びつき、それに反発する形で始まったとあります。
それらが結びついて、盛んになったようです。
仏教の世界ですから、世俗から離れるという考えもあったのでしょうね。
写真の左側が、経塚だという。
経塚とは、お経が書いてある教典を、土に埋めた所。
平安時代の中期に盛んだったそうだ。
この一帯には、多くの建物があった。
この写真の石垣に囲まれた上には、水上坊というのがあった。
近くに湧水があって、水の御利益を受けたとありました。
一般庶民が生きるか死ぬかの、やっと生活してる時代に、どうして寺院は栄えるんでしょうね。
庶民の支えによるものではなく、権力者の庇護によるものでしょうか。
そうだとしたら、農民はお参りに行ったのかな。
上の写真の、水上坊には、地域の人達が集まったとありましたから、行ってたことになるか。
下の写真に、サザンカ自生北限地とありました。
※ サザンカ ですから、今日は、あの歌ですよ。
ここのサザンカ(山茶花)の花は、白いそうだ。
※ 白い花だったら、あの歌になりますね。
この筑前街道は、細い道だが、当時は今の国道のようなものであり、佐賀と福岡を結ぶ大事な道だった。 多くの人と物が行き来していた。
この石垣の上にも、建物がありました。
昔のままの墓です。
古いものですよ。
元治元年七月十七日とありました。 (1864年です)
石塔と言われるものです。 盗まれるので集めたそうです。
道を歩いていたら、木の幹がこすれ合う音が、時々する。
ギーギーって、不気味な音。
木のてっぺんの方にだけ、枝があるため。
道の片側に、石垣もありました。
筑前街道の整備してない所は、こんな状態です。
ここは、歴史の道100選だそうです。
歩いてみて、往事の面影が、あちこちに、眠っているように感じました。
私にもし、有り余るほどのお金があったら、もとの姿の戻してみたい、とも思いました。
今が大事だと思ったら、昔のことはどうでもよくなってしまうが、昔を残すことの意味はなんでしょうね。
今日、そのことは、考えてませんでした。
今日は、遅くなった。
小さい写真は、明日の朝に。
【今日の道の駅】 つるが 3日前と同じ。
【温泉】 スパリゾートホテル久留米 600円 3日前と同じ。
【明日の予定】 車をどこかに置いて、福岡市に行きます。
明日の晩は、ブログは書けません。
3時頃までに、少し書きますね。
《今日の歌》 いきものがかり「ブルーバード」(YouTube)
砂の祈り(YouTube) サザンカ が出てきますね。
いにしえに想いを馳せてみました。
弥生時代の人達の心が、何かで読み取れるか、関心はその一点でした。
今日の写真は、ルミックス。
写真が四角っぽい。
すべて、全自動。 手ぶれは、起きない。
公園という言葉に、少し不安を感じた。
でも、ここが、吉野ヶ里遺跡の場所と分かって、少し安心。 場所は、ここ。
ここには、弥生時代の遺跡がある。
平成の初めに、発掘の報道がされ、全国的な話題になった。
※ 詳しくは、こちら。
展示している物は、復元した物と、発掘したそのままの物。
下の写真は、復元した住居。
これは、王の家。
身分の違いにより、家の大きさに違いはないと、説明してくれた。
弥生時代を復元しているのに、昔も見学通路があったのかと、意地悪なことを考えた。 でも、ちゃんと説明があった。 これは、特別ですよと。
※ 今日は、山の中で、電波が弱い。
書いた記事を、ブログに載せるとき、つながらなかったら記事は消える。 どこに隠れてるか分からない。 だいぶ消えた。 ちょっと書いたらすぐ載せます。

11時を目指してやっているが、時間がかかる。
このことは、7時頃のに書いたが消した。
Takeさんのコメントは、そのことを言ってる。
もどって。
公園内には、昔の服装をして、ふらふら歩いている人がいる。 その人が、説明してくれる。 いろいろ聞いた。
この王は、このあたりの人、5400人ほどを支配していた。
王でも、特別、家は大きくない。
この時代は、身分の違いが、家の大きさに表れなかったそうだ。

家の柱の数は発掘で分かるが、形までどうして分かるか聞いた。
形は、土器とかに画いてあった。
また、同じ時代の、朝鮮や中国の建物を参考にした。

朝鮮から渡ってきた人達は、文化を持ってきた。
その人達は、もともといた縄文人を支配したんですか、と聞いた。
いい答えを言った。
支配したんではなく、指導して、いっしょに、その時代をつくったと。
でも、王は渡来人だろうなと思った。
下の建て物は、主祭殿と呼ばれ、大事なことはここで決めた。

服装の色が、どうして分かったかを聞いた。
緑と黄は、切れ端が、発見された。
その他の色や服装の形は、邪馬台国がどこにあるかを書いてある、魏志倭人伝から読み取ったと、説明した。その時代の、朝鮮や中国も参考にしたが。
真ん中にいるのが王。
何かを決めるとき、もめたらどうするか。
この部屋の上に、司祭者がいる。 (先祖のお告げを聞く人か)
その人に、判断を委ねるという。
この方法は、支配者にとって、とても便利だ。
ご先祖様が言うんだから、仕方ないべや、ってね。
聞いたのは、自分だけだから、どうにでも変えれると思うが。

上の写真の人が説明してくれた。
※ 他のお客がいるときは、聞かないようにした。 いなくなったら、なんぼでも聞ける。
写真撮を撮るときは、あっち向いてて、と言った。
ここで、最初に書いた、メインの質問をした。
何かで、弥生時代の人の心は分からないのですか、と。
困った顔をした。
墓から、花粉がいっぱい発見されたことで、花もいっしょに埋葬したとか、そんなのですよ、と言った。
分からないと言った。
ここで、一番詳しい人を紹介しましょうか、と言ってくれたが、そこまではと思って遠慮した。
下の写真は、一般の人の墓。

かめ棺と言った。
亀に似ているからですかと聞いたら、水を入れる瓶(かめ)ですよと言われた。
バカなことを聞いた。
子供の墓は家の周りだそう。
墓全体の8割が、子供の墓だという。
体力のない、幼児の時代を乗り切ったら、40才位まで生きれたそうだ。

ここは、建物の中。
すべてが、本物。 これを見たかった。
ここの公園は、国営。 だから、整備されている。

ここでの説明の人は、詳しかった。
期待して聞いた。 弥生人の心について。
分からないと言った。
別のことを聞いた。
ここまでの施設を作り上げるには、国に働きかけるなり、中心的に動いた人間がいますね、と。
ここからが、長かった。
この土地の高校の社会の先生が、有名になる前から、この遺跡の価値を認識していた。
生徒達に、いつも、そのことを話した。
説明してくれた人の社会科の先生だった。
この人が、地域の支援を受ける、下地をつくった。
そうして、現実に動いた人は、この人の息子さんだった。
今は、県庁の中枢で仕事をしているという。
下の写真は、別の場所での展示品。 本物。

上で説明してくれた人が、発掘現場に行ったらいいよ、って言ったので、行ってみた。
遙か彼方を指さして、あそこですよ、と言った。

根気のいる仕事だ。

ここの責任者の様な人にも、同じ質問をした。
考えた。
こんなことを言った。
発見される、食器の土器の中に、いかにも子供が作ったと思われる、小さめな形の悪い土器が出てくると。
この話しは、少しいいですね。
親子のふれあいが、想像できます。
子供を埋葬したかめ棺の中に、子供が遊んだおもちゃとかは発見されていないかを聞いたが、無いと言った。
今日も、大した基礎知識を持たないで行ったが、退屈しませんでした。
下の写真は、道の駅から見える風景です。
夜景を撮りたいと思っていましたが、雨が強くなりました。

間もなく、11時です。
メインの記事が終わったので、ここで一休み。
テレビを見ます。
せっかくメールで教えてくれた人がいるのに、見ないと失礼です。
何を見るかって。
スケートの、キ○ヨ○ですよ。 何回もブログに書いた。
見ました。
普通のことを普通に出来たらいい。(友達に会うとか)
小さい夢だけど。
そんなことを言ってましたね。
雰囲気は、普通のお嬢さん。
ネットのつながりが悪い。
続きは、明日の朝に。
山を下りて書きます。
お休み。









【今日の道の駅】 吉野ヶ里 佐賀県吉野ヶ里町 場所は、ここ。
湧水があるので、夜中遅くまで、しょちゅう水を汲みに来る人がいた。

【温泉】 吉野ヶ里温泉 卑弥呼の湯 吉野ヶ里町の市街地に。
【明日の予定】 金曜日の晩、福岡市に行くので、遠くには動けない。 福岡市の近くに道の駅はない。 車をどこに置くか思案中。 明日は、近くの古い街道を歩いてみようかなと。
《今日の歌》 アンジェラ・アキ 手紙 ~拝啓 十五の君へ~(YouTube) 弥生時代の子供達は、十五まで生きるのが大変だった。
巨石パークがあったので行ってみたら、登山だった。
巨石で出来た山だった。
途中まで登って、引き返した。
それでも、疲れた。
佐賀県の大和という、道の駅。 その近くにあった。
そして、グランドゴルフというのをやるはめになった。
久留米の夏目漱石の句碑は、新しい物だったので、行くのをやめた。
漱石が、熊本の旧制中学の先生だった頃、友人が久留米にいたので、来たそうだ。 それで、この地に句碑があった。
平知盛の墓もあったが、この人の墓は、あっちこっちにあることもわかった。 行かなかった。
昼前は、途中、ヤマダ電機とかで買い物。
午後、道の駅大和に来た。
そばは、川上峡と言われる、変化に富んだ川の流れ。
巨石パークを道の駅で知った。
巨石があって、ベンチにでも座って、のんびり見ようと考えていた。
行ってみたら、巨石は山の上、下に公園。
公園は、古くなって閉鎖。 都井岬みたい。 壊れた、アスレチックとかがあった。
駐車場で、300円を払ったら、案内図をくれた。
この後、標高差200㍍程登った。
何か、最近は、疲れる旅になってきた。
こうやって、花があるのはいいんだが。
植えた花かな。
北海道と違って、熊の心配がまったくない。
その安心感は、とても大きい。
今、私が一番見たいのは、マムシ。
いつも、きょろきょろしている。
ツチノコなんて出よものなら、逃げないで、絶対写真を撮る。
※ いろんな町で、ツチノコの生け捕りに賞金をかけている。 最高1億円。
ツチノコ(Wikipedia)
イノシシを捕るおり。
だいぶ登った。 右の方に、道の駅が。
急に、大きな石が現れた。 高さ、5㍍以上ある。
スズメバチを捕るわな。 中に、酒や酢や砂糖を入れる。
雄武にいるとき、たくさん作った。
裏側に穴があって、中に入ったら、液体に落っこちる。
何十匹も捕れる。
スズメバチに刺された衝撃は、思いっ切り引っぱたかれたのと同じ、だって。
どこもここも、岩だらけ。 土の方が、少ない。
どうも、山全体が、こんな石(岩)の集まりのようだ。
この山が、どのようにして出来たかは、分からない。 調べてみたが。
この石を見た辺りで、引き返した。
左の実は、椿の実だという。 白いのは、分からない。
山から下りてきた。
駐車場には、こんな建物があって、お年寄り達が6人休んでいた。
暑いからやめたんですか、と聞いた。
またするよ、と言った。
一緒にやらないかい、と言われた。
この後、することもないし、仲間入りさせてもらった。
グランドゴルフというやつ。 初めて見た。
これを、使う。 パークゴルフに似ている。
大きな輪の中に、球が入ったら、穴に入ったと同じ。
お年寄りが集まると、仕切りたがる人が多すぎて、すぐ喧嘩になるかと思ったら、違った。
みんな、仲がよかった。
球が輪の中に入ったと思っても、すぐに出て行ってしまう。 むずかしい。
8ホールあった。 ひとまわりするのに、40分くらいかな。
2回まわった。
体の少し不自由な人もいたが、誰も気にしない。
パー3とかあるんですか、と聞いたら、無いと言った。
こんな言葉をよく使っていた。
それは、打った球の転がった距離が短かったとき、「ぬるいな~」って。
私の車のナンバーで、北海道と分かるみたいで。
「いや~、北海道から来たんだ」って、話しかけやすいようだ。
今日の山登りも疲れた。
こんなに疲れてまで、感動はいらないと思った。
ところが、この思いは、すぐに忘れてしまうんだな。
道の駅から見た、川の風景。 川上峡と名前が付いている。
名前を付けるほどではないのでは、と言ったら、失礼か。
お昼を食べた店から出たら、巣立ったばかりのスズメがいた。
何とか飛んだんだが、方向がうまくいかず、私の目の前に着地。
親よりずっと小さい。
近くに猫かカラスがいたら、すぐに捕まる。
福岡、佐賀に入ったら、物が安いです。
400円のラーメンは、時々ある。
安い定食は、500円。
700円も出せば、立派な物を食べられる。
自分で作るのが、面倒になってきた。
今日、温泉で食べたチャーハンは、180円だった。
作り置きだったが。
うどんといっしょに食べた。
【今日の道の駅】 大和 佐賀市大和町 場所は、ここ。
【温泉】 熊の川温泉 鵆の湯(ちどりのゆ) 500円 場所は、ここ。
【明日の予定】 吉野ヶ里遺跡を検討しています。
《今日の歌》 CAN YOU CELEBRATE?(YouTube)
愛の終わりに(YouTube) 高田みづえ です。
愛のままで(YouTube) 秋元順子 これと、上は作詞者同じです。