8時には帰って、ブログを書こうと思っていた。
ところが、最後に、「この酒はおいしい」と言って、店のマスターが日本酒をご馳走してくれた。 それが効いた。 家に帰って、タイトルを書いたところで寝てしまった。 しまったことをしてしまった。
今日の午後は、挨拶回り。 3時間ほどかかった。 1軒1軒、この2年間たくさんお世話になったことを思い出しながら、お礼を言った。
昨日夕方、外出してて帰ったら、ポストに、低学年の女の子からの手紙とプレゼントが入っていた。 そこのお家にも行ってきた。
昨年の夏のブログに、オムサロで会った家族のことを書いた。 紋別に来たSOTOのしうさんと別れるときだ。 あの時は、楽しく話した。 きのう、お母さんが挨拶に来てくれた。 行ったら皆さんいた。 会えて良かった。
今、12時10分前。 京都の息子から、「お疲れ様でした」とメールがきた。
12時をまわった。 外で校舎を見ながら。 校舎は、4月に子供達を迎えるまで、一休みだ。
風はまったくない。 静かな中で、35年が終わった。
根室に赴任したときからの35年間が、駆け足で頭の中を巡った。
心の中で、自分に「ごくろうさん」と言った。 そして、お世話になった多くの人に、「ありがとう」と。

元にと言うか、一人の人間に戻った。 無職だ。
今日の夕方6時前、誰もいない校舎に入った。
教室、体育館とまわってきた。 子供の声が、聞こえてくるようだ。
最後に、自分の椅子に座った。
明日になったら、自分の居場所は、もうない。 来てもお客さんだ。
職員室の黒板に、「ありがとうございました。3月31日 午後6時」と、書いた。自分の名前も。
35年間は、あっと言う間に過ぎ去った。
ほんの少し前まで、自分は若いと思っていたのに。
ついに、この日が来てしまった。
でも、おかげさまで、無事に終わることができ、何より。
朝、リスにクルミをやりに行ったら、木の上にいた。
よかった、会えた。

降りてきて、ヒマワリの種を食べ出した。

残ってるクルミは、Kさんがやってくれる。
リスには、ずいぶんと楽しませてもらった。
クルミが無くなっても、しばらくの間は来るだろうな。
リスにも、「ありがとう」だ。
明日は、10時に出発する。
正確な時間は決めていなかったが、6年生のお母さんが、「何時にでるの?」って言うので、その時間にした。 子供達が来るようだ。
ありがたい。
ついに、その日がくる。
終わって、すぐ出発。 すき間がない。
3月31日、4月1日と、私にとっては、大きな1日だ。
※今日は、もっと書きたかったが、時間がたりない。(寝ちゃったのが、まずかった。 酒は、おいしかったが)
この後、私の旅の師匠(?)でもある、熊本のしうさんに、メールを書く。 出発の報告を。
「今日の歌」は 山口百恵の「さよならの向こう側」(YouTube)
蛍の光(YouTube) スコットランド民謡。こっちの題名は「遠い昔」
いろいろ、ミスはあった。
3回転・3回転の踏切の時のエッジが、減点された。 ここは、今までも審判から言われていた。
最後のスピンの部分の辺りに、ルール違反があったそうだ。 よく分からない。
それと、ふけてしまったサルコウ。
それでも、芸術点が高く、プラスの点数も多かった。
完璧ではなかったが、131点台を出した。
今回の大会で何が分かったかというと、完璧でなくても優勝できる力があるということ。
まだ、伸びしろがあるということ。
今後、来年のバンクーバーで勝つための作戦に入るが、ヨナは新しい技はきっとやらない。 一つ一つの完成度を高めることに集中すると思う。 今回、周りの選手の力が分かったから、きっとそうなる。 (ヨナの勝因は、完成度の高さだと、ある新聞が批評していたが、それでも)
あ、キム・ヨナが滑る。 次だ。(8時半過ぎ・エキシビション)
エキシビション演技(YouTube) 音がない?

表情も動きも、すべてやわらかだった。 今日は、それを演じた。
2回目のジャンプは、トリプルサルコウでしたね。 跳ぶかも知れないと思っていました。 以前、ダブル・アクセルからトリプル・トーループを跳ぼうとして失敗したとき、エキシビションで跳んだ。 成功させて、気持ちをすっきりさせておきたいのかな。 うまくいった。 ところが、最後のジャンプがふけてしまった。 ループジャンプだったのかな。 昨日、着地が少し不安定だったからやったのか。 でも、きょうは失敗したって全く気にしていない。
きょうのインタビューで、オリンピックに向けての気持ちを語ったが、力みのない話し方だった。 自信が、そうさせてるかもしれない。 腰もすっかり治ったから、大きな不安はないか。
今回の大会の目的は、優勝して、完璧な自信をつけることだった。
そういう意味で、目的は達成された。
アンコールでやった、フリーのステップは圧巻でしたね。
また、最後にスピンで回っていたとき、顔が笑顔でした。 初めて見ました。
出発まで、あと2日です。 準備は終わってます。
いよいよです。 4月1日の、昼前にでます。
また、私のこの職は、明日で終わる。
明日の午後は挨拶回り。 夕方、一人で、校舎の周りと中を見てくる。 見納めだ。
その後、地域にある寿司屋さんで、Kさんとお酒を飲む。
そして、35年の最後の夜の空を見る。
校舎を眺めながら、夜の12時をむかえる。
そのとき、自分に、「ごくろうさん」と、ひとこと言ってもいいか。
多くの人に、お世話になり、助けられもしたから、「ありがとう」もいるな。
いよいよだ。
※ 明日、何とかリスの写真を撮りたい。
「今日の歌」は 西島三重子の「鬼無里(きなさ)の道」(YouTube) 今年行く。 鬼無里の「鬼女伝説」(紅葉伝説) 1月19日
【12時10分】
あっちこっちの、ネットのニュースに出ましたね。
優勝です。 ついにやりました。
おめでとう。
フリーは、131.59 悪くない。
トータル 207.71 すごい点数だ。
ついに、夢の200点を超えた。
フリースケーティング(YouTube)
今回は、前回の反省を生かして、謙虚にして、この時を待った。
今晩のビールは、格別だな。
この日が来るのを、何年待ったことか。
うれしいな~。
とりあえず、お茶で乾杯。
掃除でいそがしいので、記事はあとになります。
これで、仕事がはかどる。
とりあえず、ここまで。
【追記】
動画を見た。
大きなミスは、トリプル・サルコウだけ。 転倒はなかった。
フリーでこれなら、十分だ。
ヨナは、それを分かっているから、演技のあと満足な表情だった。
それは、優勝を確信した表情でもあった。
昨日の10点差は、大きな心の余裕を生み出した。
また、心のコントロールも上手だ。 それを支えるのは、頭の良さ。
昨日は分からなかったが、フリーにもきっと自信があったんだな。
すごい選手になった。
もう誰も、ヨナの背中が遠くなって、見えないかも知れない。
晩のテレビが楽しみです。
それを見て、続きを書きます。
よかった。
【追記】
ビールで乾杯しながらのテレビ観戦だ。
結果が分かっているから、どきどきしない。
それでも、6分間の練習では、人にぶつかるなよ、と思ったりする。
真央が練習6分の中で、トリプル・アクセルを跳んだ。 これは、ヨナにプレッシャーを与える役割もある。 だから、ヨナの視線の先で跳びたくなる。(真央が、そう思っているかは、断言できないが。 きっと意識していない) 自分の視線の先で跳ばれたら、そっちの方向に、滑りづらくなる。 今回、大会前、問題になっていたのは、このこと。 ヨナは、じゃまされたという表現は使ってないようだ。
今日の練習では、そんなに良くなかったようだ。(6分でなく)
だが昨日、荒川が、練習でのヨナの調子はいいと言った。
私は、ショートのことばかり考えていた。
荒川の言葉は、フリーを含めて言っていたかも知れない。 そのことに気づいていたら、もう少し余裕を持って、今日の結果を待てたかも知れない。
4分30秒は、あっと言う間に終わった。
心配していた、トリプル・ループは無事に跳んだ。
昨日書かなかったが、不安なジャンプは、もう一つあった。 それが、トリプル・サルコウだ。
このジャンプは、易しい部類に入る。 だけど、ヨナは、どうも最近時々失敗する。
※ トリプル・サルコウは、ジャンプ直前の足がハの字になるので、見分けやすい。
昨日のブログに書い「ふける」が、起きてしまった。 「ふける」の意味だが、「風化する」とい意味。 つまり、3回転が消えてしまったということかな。
ヨナは、失敗を引きずることは少ないから、その後は、最後まで、これと言ったミスをしないで滑った。
いつ見ても、最初の3回転・3回転は、ほれぼれする。
リンクの反対側に行って、そこからスピードを上げる。 リンクの広さを目一杯つかって、ジャンプする。 飛行場での、飛行機の離陸に似ている。
ジャンプしてから着地まで、数メートル移動している。
ヨナのジャンプは、どれ見ても綺麗だ。
浅田真央が、最終滑走6名の最初に滑った。
2回目のトリプル・アクセルで転倒した。 この時、逆転は消えた。
点数では安藤に負けたが、真央の滑りには、人にないものがある。 大きな魅力。
真央は、今日のようなテンポの速い曲が合うように感じる。
ヨナの、4分30秒が無事に終わった。
この大会は大きい。
そのことがあるから、ほっとしたと同時に、うれしかったと思う。
力があっても、必ず勝てる補償はない。
表彰式で、ヨナの顔が震えた。
涙がでた。 胸に手をやって、国歌を聴いた。
その前の、受賞の時は、コストナーと安藤にも温かい視線をおくった。
キム・ヨナには女王の風格を感じた。
それから、解説者のだれかが、滑りが軽やかに見えると言った。 その大きな要因は、手の使い方にあるように思う。
楽しい2日間でした。
こうなるとは、予想していませんでした。
旅に持っていく物は、一つの部屋に置いてある。
3月も、あと2日。 あっという間にやってきた。
「今日の歌」は 坂井泉水の「異邦人」(YouTube)
「思い出の九十九里浜」(YouTube)
【9時55分】
今、結果が分かった。
日本時間、朝の6時半から始まっていた。
1位 キム・ヨナ ( 76.12 )
2位 ロシェット ( 67.90 ) カナダ
3位 浅田真央 ( 66.06 )
4位 安藤美姫 ( 64.12 )
76.12。 すごい点数だ。 動画は見てないが、間違いなくミスなし。
これは世界最高得点。
今までの最高は、ヨナの72.24だから、大幅な更新だ。
※ その時のブログ。動画も。
女子ショートプログラム キム・ヨナ(YouTube)
YouTubeから
動画を見た。 震えがくるような演技。
終わって、やったと両手を上げた。 そして、握り拳をつくった。
本人にだって、予想できない点数だ。
【追記】
テレビを見た。 他の選手とは、別次元の滑りだった。
解説の荒川が、ヨナは練習の時からよかったと言った。 それでも、本番で力を発揮できる、心のコントロールのうまさに驚いていた。 ヨナは、終わってのインタビューで、「この大会に向けて練習をがんばった。 不安はなかった」と、言った。 かなり自信があったようだ。
スタート地点に立つとき、涼しげな表情だった。 あれが、自信の表れだったかも知れない。
本番で成功するためには、練習を通して、ジャンプで失敗しない確率を高めることが一番重要だと思う。 そして、自信につながったとき、心のコントロールはとっても楽になる。 練習で、5回に1回しか跳べないジャンプを、本番で成功させるための心のコントロールなんて、ないんでないかな。
そういう意味で、今日は、練習通りの滑りだったと言えるか。
※ 写真は、載せるのが1時間後くらい。 いつものテレビはなく録画できない。 Kさんが、後ほど、DVDに録画したのを届けてくる。 それをパソコンで見て、写真に撮る。
※ DVDが来た。 一時停止した画像をパソコンに取り込む方法を教えてもらった。
文を書き終わってから、その作業をします。 遅くなるな。
演技の後
演技では、まず、3回転・3回転の前のスピードが、いつもに増してすごかった。 このスピードを見たら、真央の跳ぶ前は構えるため、ジャンプの切れ味が少ないように感じる。 ヨナは、スピードを回転する力と、跳ぶ力に変えている。(以前、ある解説者が言っていた)
ステップも見応えがあった。 動きが同じ速さではなく、急な動きが随所に出てくる。 顔の向きも、一瞬に変わる。 動きに目が付いて行けないくらい。 毎年進化している。
今日の「死の舞踏」も、何気なく滑っているところは、1カ所もない。 つなぎの部分も すべて演技をしている。 ここも、他の選手とはまったく違うところ。
動画(DVD)を見るとき、手先だけに注目して見ても退屈しない。 表情や、足下に注目してもいい。 他に、手全体の動きに注目するのもいいかな。
演技が終わった後、今回ほど喜びを表現したことはない。
点数が出たときは、驚きの表情だった。
点数が出た後
インタビューで、ここまで点数が取れるとは思っていなかったと言った。
ただ、2年前の世界選手権で、ショートでパーソナルベストを出したがフリーで失敗した。 3位に落ちてしまった。 そういうことがあるから、明日は集中していきたいと言った。 そのことを、笑顔を交えて言った。
明日のフリーは、普通にできたらいい。
そうしたら、夢の200点を超える。 あと、123.88で200点。 難しい点数では、全くない。
ヨナは、余計なことを考えない方がいい。
3回転が、1回転にならなければいい。
(いわゆる、ふける、と言うのだが、勢いのある時は、ならないような気がする)
それから、最近苦手としている ループジャンプは、逃げないできっと跳ぶ。
浅田真央の状態は良くないが、明日は変身するかも知れない。 だから、真央がこわいな。
カナダのロシェットは怖くない。
明日、何時頃結果が分かるかは、調べていない。
午前中には、分かるな。
【追記】 明日のフリーは、9時から13時まで。 分かるのは、13時前か。
分かったら、すぐに速報を書きますね。
明日の晩、美味しいビールが飲めるか。 冷蔵庫がないから、少しぬるいが。
ヨナが、フリーにも自信を持っているかは分からない。
長いフィギュアスケートの歴史で、レベルが高く、今日ほど完璧な演技はなかった。
今日録画したDVDは、保存版だな。
写真は、何時になるか分からなくなってきた。
今日は、多くの人がブログを読んでくれた。
段ボール箱の上にパソコンを置いて、ブログを書いた。
もう、出発まで、片手ない。 持って行く荷物を、バッグや袋に入れた。
「今日の歌」は 麻衣が歌う「天空の城ラピュタ~君をのせて」(YouTube) 歌はしばらくしてから。 いいですよ。
送別会もいろいろあったが、これで最後。
楽しかった思い出を語り合った。
お父さんとは、一人一人と。
お母さんとは、何人かいっしょに。
元気なお母さん方だから、話しが盛り上がる。
私の「akkamui(アッカムイ~ももんが)」を知ってるお母さんが、両手を広げた。 何と、モモンガだった。 手と体の間に幕があった。 笑った。
アッカムイの「ア」は子供という意味で、「カムイ」は神様。 子供の守り神という意味だよって私は言った。
このお母さん方は、子供が室内サッカーとかの大会が紋別であったら当然応援に行く。 どこの母さん方よりも声が大きい。 うるさいと思う人がいてもおかしくないくらいだ。
だから、にぎやかに楽しく話した。 みんな話すから、ちょっとした隙間を見つけて私も話した。
送別会が終わって、PTAの役員のお母さんから、下の色紙をいただた。(餞別も)
いつ子供達は書いたのか。 学校で書いてた様子はないから、大変だったのではないかな。
旅に持って行く。 だいじにする。

2次会は、カラオケ。 別の場所で。 臨時に開店するカラオケスナックで。
歌は1曲歌ったが、ほとんどおしゃべり。
前の学校の同僚の人から、お花が届いた。 この人も管外にに異動する。
ここには書けないが、たくさんの思い出がある。

網走の帰り、北見に寄って、新佐呂間トンネルを通った。
手前の小さなトンネルを抜けたら、旧道と別れる。 右側に旧道が見える。

入り口。

新しい割には、暗いトンネルだ。 壁を白っぽくするとかすればいいのに、と思った。
でも、曲がりくねったルクシ峠を通らなくてすむ。 快適だ。

出口。

時間は計らなかったが、10分くらいの短縮かな。
トンネルを出て、気づいた。
私はサングラスをかけて運転していた。
何と言うことだ。 だから、トンネルの中が暗かったんだ。
※ サングラスを、跳ね上げるのを忘れてた。
土曜日は、北見に行ってきます。
陸運支局に用事があって。 午後の2時間までに戻ってこなければならない。
(このブログは、朝書きました。 時間がないので、ここまで)
【追記】 陸運支局は、土曜日休みなのが分かった。 危なく行くとこだった。
フィギュアスケートの世界選手権が始まってる。
これから、調べる。
「今日の歌」は ヘイリーの「アメイジング・グレイス」(YouTube) 4月1日に札幌に来る。
今日は、網走で送別会と顕彰式。 最後のセレモニー。
こういう経験は、これから先もうない。
場所は、セントラルホテル。 宿泊もここ。
(※ 昨夜は書けなかったので、朝、ホテルで書いてます )
送別会の中で、お世話になった人に酒をついでまわったが、全員まわりきれなかった。 退席の時、並んだ人の中を通るとき、やっと握手が出来、少しお礼が言えた。 少しだけ、出たな。 涙が。
お世話になった人に、もう会えないとは思わなかった。
私が行けばいい。
以前雄武でお世話になった方から、マグカップとお茶を頂いた。 こういう物があるのは知らなかった。 こし器も付いている。 使うのが楽しみだ。 それに箸もいただいた。 これは、先日のブログに書いた美瑛の好きな人から。(預かってきていた) 大事につかう。 二人は今の職場で再びいっしょになった。
二次会は、紋別の仲間で街に出た。
今まで、この街のネオン街でもずぶいぶんと飲んだ。
三次会は、大学時代も一緒に飲んだ仲間3人で。
いっぱいしゃべった。 楽しかった。 何時に帰ったか覚えていない。
27日は、北見に寄る。 学校で使っていた印刷機をある人にあげる。 パソコンにとっても堪能な人。 旅の途中、パソコンで困ったら、この人に聞く。
北見から、新佐呂間トンネルを通って帰る。 14日に開通してる。 楽しみだ。
晩は、PTAの送別会。 お母さん方の勢いには勝てないから、とことん飲むことになりそうだ。
「今日の歌」は メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲(YouTube)
仕事はすべて終わった。
明日、網走で送別会など。 明後日PTAの送別会。 それで全部。
ブログはいつも、3時間以上時間をつかう。
今日は時間がないので、昔のことを少しだけ書きます。
35年前の3月20日過ぎ、根室教育局へ行った。
旭川から汽車で。 同じ教育大の仲間7人くらいと。
根室に朝着いたから、夜行で行ったのかな。
根室は、釧路の向こうの方にあるくらいしか知らなかった。
ところが、釧路からが遠かった。
根室の駅前に降り立った。 一目寂しい。
市街地が、1㎞ほど離れた、港の方にあることは知らなかった。
教育局で、赴任地は、幌茂尻小学校と告げられた。
見に行きたかったけど、タクシー代の余裕はなかった。
そうして、4月1日に、荷物をトラックに積んで美瑛を出発した。
私は、アルバイトで買った、中古の初代のサニーを持っていた。 それに乗って行った。 根室半島の付け根にある赤い橋を渡ったら、丘の上に学校があると聞いていた。
小さな住宅に少しの家具を並べた。 食事が終わったら、親は帰った。 暗くなって、住宅で一人ぼっちになったときは、寂しかった。 電話はない。
この学校に、10年いることになる。 青春時代をここで過ごす。
大変だったことが多かったはずだけど、楽しかった思い出だけが残っている。
人生の中で、一番輝いているはずの青春時代が、自分は十分に満足できたかは、よく分からない。何となく時が過ぎた感じもする。
この頃から、自然が好きだったから、この10年で多くの花の名前も覚えた。
どうだったら自分の青春時代がベストかは分からないんだから、いい時代だったことにしていいかなとも思う。 そうすることにしてしまえ。
根室のことは、時間があったら、このブログを。
「風葬」の舞台「涙香岬」で昔何があった。(11月2日)
※ この岬は、遠足で行った。
涙香岬とレポ船の思い出(11月3日)
あっちこっちから電話が来る。 ブログが終わらない。
十数年前に担任をした子供の保護者から、花が届いた。
こっちから電話してお礼を言った。 長く話した。
旅好きのある人からも電話があった。 教員。
この人は、ある時、涙を流してこう言った。
「私は、学校と家庭と塾しか知らなかった」と。
ほんとうはそうでないと思うけど、それを口にしてから、いっそう子供の心を深く理解する教師になっていった。
この人は、特に美瑛の丘が好きだった。
旭川にいる、姉からも電話があった。
お疲れ様、と言う感じだった。
私が歌を好きになったのは、姉からの影響。
「今日の歌」は 「太陽がいっぱい」(YouTube)
今日は地元で送別会。
終わって、いつものKさんと歩いて帰った。
静かな夜。 満天の星空。
途中から一人になった。
「てんでに背伸びにしていても・・・」の富士山の歌が鼻歌で出てきた。
35年の中で、子供達と歌った懐かしい歌だ。
大きな仕事は、もうない。 人に助けられて。
WBCが終わった。 日本は優勝した。
昨日職場で、イチローのプライドなんかどうでもいいべや、と言った。
失言だった。
人事異動の新聞発表も終わった。
電話がかかってくる。
すこし面倒とおもいながら、返事をしている。
少しずつ掃除をしている。 昨夜は、風呂と流しが終わった。
家の中に、家具はない。
床にへばりついて、カタツムリの生活をしている。
職場の方の後始末も始めた。
一つ一つ、自分がいた痕跡を消している。
お酒を飲んで、頭はふらふら。
今日は、ここまで。
「今日の歌」は 「朧月夜」(YouTube) この歌を子供達と歌うのが好きだった。
持って行く物を、8畳の部屋に並べてみた。
函館にあるキャンピングカーにも、かなり積んである。 布団や食器、物置に置くような物が。
この他は、印刷機・履き物・小さな圧力鍋くらいかな。
変わってる物を、紹介します。
【布団】
薄い緑の。 秋に積み忘れた。 2枚ある掛け布団のうちの1枚。 夏は1枚で使う。 冬は、2枚重ねて使う。 1枚ずつなら、洗濯ができる。 重ねるときは、周りを紐でしばる。
【釣り道具】
右側の箱に入っている。 海釣り、川釣りの竿が3本ずつ。 すべて携帯用の小さい物。 リールや、仕掛けや、塩漬けのイソメ・イクラも入っている。 他にも色々。
【熊撃退スプレー】
昨年の夏も持ち歩いた。 氷のトンネルも浮島も。
氷のトンネル(ウエンシリ岳)(7月15日) 浮島湿原とエゾフクロウ(7月16日)
泥棒が来たら使うか。 かえって危険かな。
犬の顔にちょっとでも噴射したら、犬は動けなくなる。
熊に使うときは、3㍍くらいに近づけてから使う。 度胸がいる。
【鍋・フライパン】
どちらも、内側と外側が、テフロン加工って言うのかな。 外側も汚れが落ちやすい。
【トイレットペーパー】
パソコンの左斜め上。 プラスチックの丸い入れ物。 この中にトイレットペーパーが入っている。 上の穴から引っ張り出す。 ティッシュペーパーの代わりに使う。 トイレットペーパーは、トイレで水に流せる。 だから、これを使う。 入れ物は、100円ショップで買った。
【BOSUのスピーカー】
とっても、気に入っています。 詳しくは、下を。
BOSUのスピーカー・勘助と由布姫 続き(11月24日)
他に、薬とか洗剤とか調味料もあるか。
写真の物を全部バッグに詰め込んで、出発する。 もう10日ない。
今日も仕事があるので、ここまで。
明日は送別会。 書くのは遅くなる。 たくさん酔わないようにしたいんだが。
「今日の歌」は 岡村孝子の「ビリーブ」(YouTube)
10年程前、雄武の沢木にいた。
沢木には、チセネシリ山という山がある。 職場から見える。
ある時、同僚にKさんに、「あの山に登ってみたいもんだな」と言った。
すぐに、のってきた。 そして、「道はあるんでしょうかね」とか言ってきた。
私は、そこまで考えていなかったが、強く関心を持ってくれるとこが、この人のいいところ。
ブログ「伊達は伊達ではない」(10月17日)に多くはないが、この人のことが。
道があっても、熊がおっかないな、と言うことになった。 何せ、熊は学校のすぐ近くまで来たことがある。
私はすぐに、ひらめいた。 そうだ、堅雪の時がいいぞ、と言った。
kさんも、それがいいと言うことになって、春の堅雪の時期を待った。
チセネシリ山は、下の地図の左下に。 職場は、国道のそば。
堅雪は、前日天気が良く、雪の表面が溶け、朝気温が下がった時に出来る。 堅雪になっても、数時間で堅雪でなくなる。
3月に入って、その日を待った。
3月の中過ぎのある日、堅雪になった。
朝、5時頃出発。 かんじきの様なスノーシューや、食べ物・飲み物・ガス・カメラなどを持った。
元沢木川に沿った道を進んだ。 この川の上流に水道の取水口がある。 そのために、冬でも除雪している。
山の中に入ると、チセネシリ山がどこにあるのか分からなくなる。 カーナビで確認する。 山に一番近づいた所に、車を置いた。 山の頂上は見えない。 登る方向を確認する。
出発して、すぐに急な斜面だ。 でも、堅雪だから、そんなに苦労はしない。
15分ほど登ったら、頂上の方向が分かった。 時々下界の景色を見ながら進んだ。 カケスが現れた。 いつも2羽。 1時間かからないで、頂上に着いた。 雄武町の市街地から御西湖まで、全部見えた。 写真をいっぱい撮った。 携帯もつながる。
小さな小さな缶ビールで乾杯した。 インスタントラーメンを作って食べた。
願いが叶ったし、苦労もしたから、これ以上ない味だった。
あっちこっち散歩して、下山した。 9時頃だったかな。 堅雪は消えかかっていた。
もう一つの遊びは、上の地図の中央付近。
堅雪で、風の強い日に、歩くスキーで風に吹かれて滑った。 左下から右上に。
夏は、牧草畑のところだから、どこまでも邪魔する物はない。 距離にして2㎞以上。
2台の車を、スタートとゴールに置いて。 行ったり来たりして。
ただ手を広げるだけで、どんどんスピードが出た。
もし、モモンガのような工夫をしたら、もっと速かったかも知れない。
面白い、遊びでした。 スキーはこのためだけに買いました。
4月に入って出発したら、必ず伊達にいる、Kさんの所に寄ります。
今日は、仕事があるのでここまで。
昨日のブログで、失礼なところが、なかったらいいなって、思っています。
「今日の歌」は、坂井泉水「負けないで」(YouTube)
昨晩、9時前に電話があった。
初め、苦情か何かかなと思ったが、話し方がやわらかい。
自分が誰かは、なかなか名乗らない。 少しお酒が入っているように感じた。
ブログのことを話し出した。 (誰が書いたかが)やっと分かったという。
どちら様ですかと聞いたら、劇団海鳴りですと言った。 話しが見えてきた。 以前書いたブログのことを言ってると。
今、お糸を演じた人の送別会をしているという。 ぜひ来て欲しいと言う。 すぐ分かりましたとは言えない。 ブログが嬉しかったと言う内容のことも言ってきた。 私がしゃべる閑なく、何度もお願いされた。
行っていいのかなあと思いながら、「行きます」と、言ってしまった。
途中のセブンイレブンで、ワインを1本買った。
9時半過ぎに、渚滑の練習場に着いた。
みんな賑やかに、お話しして、お酒を飲んでいた。
※ この後、海鳴りの3名の方の名前を書いても大丈夫かを考えました。 劇団海鳴りのホームページに、写真付きで紹介されているので、書きます。(フルネームでなく)
劇団海鳴りホームページ
すぐに、脚本を書く五十嵐さんが、私を皆さんに紹介してくれた。
私も挨拶した。 突然来て、申し訳ないこと。 あのブログは、劇団の方に読んでいただくことを想定しないで書いたこと。 お糸を演じた望美さんの魅力は何が生み出すのだろうと、思っていたこと。 皆さんのように、地元にいて燃える物があったら、自分は旅に出ないかも知れないこと。 こんなことを、話した。(だいたい、こういう内容かな。最後に言ったことと混ざっているかもしれない。)
五十嵐さんと話してて、誰が電話をくれたかが分かった。 我孫子さんという方。 今は団長を引退している。 でも、我孫子さんは、私から見て、名誉団長に見えた。 別の言い方をしたら、劇団海鳴りの「主」の感じでしょうか。 いい意味での、団員の心のより所という意味で。
我孫子さんは、申し訳ないと思うくらい、礼を言った。
「文七・お糸」が面白かったから、演劇には全く素人の私が、好き勝手に書いたブログだったのに。
五十嵐さんと我孫子さんとは、たくさん話した。 演劇は私の知らない世界だから、どんな話しも新鮮だった。
こんなことを教えてくれた。 北海道の劇団は横のつながりがあって、そこで本を出すという。 その中の、劇団海鳴りの部分に、観客の感想として私のブログを載せたという。
今回の送別会は、お糸を演じた、望美さんの送別会。 この春、高校を卒業した。 4月から東京の「演劇学校」に行く。 海鳴りに入ったことが、望美さんの運命を変えた。 今日お会いしたら、普通の感じのお嬢さん。 ただ、目の輝きというか強さに、望美さんの個性を感じたでしょうか。
一見普通に見えるこの人が、演じたら別人になる。
「ともだちや」と「お糸・文七」で望美さんは演じたが、別の人が演じている感じがした。 役の性格が全く違うと言うことはあるが。 特に、「ともだちや」では、あの華やかな演技に強い個性があるように思った。 今まで、見たことのないものかな。
私は、蒼井優が好きだから、こんなことを思うんですね。
何を演じても同じだという俳優が、テレビにいっぱい出てくる。
数年前、蒼井優がテレビの「情熱大陸」で紹介された。 その中で、「出演する作品の徹底的な解釈」をしていることを知った。 また、この人はたくさんの映画を見ている。 自分を人間として高めようとしている姿勢が強いように感じる。 それがあって、きっと存在感のある演技が生まれる。
望美さんは、蒼井優を追う必要はないが、生き方には参考になることがある。 そう思うかな。
下の写真は、海鳴りのホームページからお借りしました。 前列中央が望美さん。
役者(俳優)になるのを「夢」にしたら、そこまでの道が見えてこない。 夢は遠い感じがする。 だから、「目標」の方が、私はいいと思います。 大きな目標の手前に、今年の目標。 その手前に、今月の目標。 一歩一歩階段を登る。 (夢の実現のために、目標を立てる。 こんな考えもあるけどね)
会の後半で、団員が一人ずつ、望美さんに温かいことばをプレゼントした。
望美さんには、応援してくれる仲間がいっぱいいる。 このことが、これから戦う望美さんを強く してくれますね。 幸せだと思います。
昨夜、突然招かれて、なかなか見ることのできない、いい雰囲気の送別会(飲み会)だなって感じました。 演劇という共通のものが、そうさせているのかなとも。
私は旅に出てしまいますが、機会があったら、また公演を見たいと思います。
楽しみにしています。
今日のような経験は、初めてのことでした。 感謝です。
藻別の畑です。
畑に融雪剤がまいてありました。 縞々模様がきれいでした。
雪面は、真っ平らです。 どうやってまいたか、分かるでしょうか。
私の予想ですが、春になって、朝は堅雪(かたゆき)です。 その上をスノーモービルでまいた。 きっとそうです。
堅雪で遊んだ思い出が、二つあります。 明日書けたら書きますね。
「今日の歌」は、「栄光の架け橋」(YouTube)
「別離の曲」 こんな曲があります。 心は一つだって。
劇団海鳴りの人から。
私が何時か書いたブログが、私のだってことが分かったそうだ。
「江戸人情芝居は、面白いぞ。 他」(10月28日)
いま、ある人(芝居の中でのお糸)の送別会をしている。 何としても来て欲しいと言う。
ずうずうしいみたいだけど、ちょっとだけ行ってきます。
渚滑の練習場まで。
※ このことについては、明日のブログで。
ずっと走り回る時間がなかった。
今日の午後、少しだけ、「春の証拠」はあるのかなと思って、走った。
下の写真は、渚滑川。
割れた氷を、川が運び始めた。
川に住む魚は、冷たい水が好きだ。 でも、なんぼなんでも、今の水温は冷たすぎる。 もうちょっと温かくなるのを待ってるな。 そうなったら、元気に泳ぎ出す。 釣りも出来るようになる。

今日、サロマ湖で事故があった。 チカ釣りの4人が、氷が割れて落ちた。 二人が亡くなった。
この時期の氷は、同じ厚さでも、寒い時と比べたら、割れやすいかも知れない。 落ちた子供は助かったようだ。 ニュースでは、詳しくは言ってないが、助けようとしたおじいちゃんが亡くなったかも知れない。
【追記】 新聞で分かった。 最初に、おじいちゃん一人と子供一人が落ちた。 それを助けようとして、おじいちゃんにと子供が落ちた。 おじいちゃん二人は、二人の子供を氷の上に押し上げた。 自分たちは、氷の上には上がれなかった。
氷の厚さは5センチ。 岸に戻ろうとしたとき氷が割れた。
氷が割れた事故では、忘れられないことがある。
根室にいた花咲小学校時代。 Mちゃんを担任していたとき。 「あれから17年」
ある家庭の、家庭訪問の時に、お母さんが話してくれた。
この学年の子供達が、保育所(幼稚園)時代、数名の子が明治公園の池の氷の上で遊んでいた。 氷が割れた。 落ちなかった子が、近くの家の人に伝えた。 その家のお母さんが池に走った。 自分の子が落ちたことも分かった。 お母さんは池に飛び込んだ。 目の前にいる子供を、一人一人助け上げた。 でも、自分の子供は見つけれなかった。 見つけた時は遅かった。 亡くなった。 そんなことがあった。
渚滑川の堤防で、フキノトウを探した。 二つ見つけた。 日当たりのいいところに、ちょこんと出てた。 左隣にあるのは、ウサギのふん。

オムサロの流氷岬。 例年は、海明けして春を感じるのだが、今年は、流氷はとっくにない。

ハマナスの実。 小さくしぼんだが、冬を乗り越えた。

放浪の画家、山下清の作品。 長岡の花火。 (テレビから)
長岡の花火がいつ始まったか、番組を見て分かった。
明治11年、長岡にあった大島屋という遊郭のつるが、客にこう言った。 「遊郭で失っていく命を、ぜひ花火で供養してほしい」と。 それが、花火師の中川という人に伝わった。
この絵は、紙をちぎって、それを貼り付けて作った。 (ちぎり紙細工)
中川家で、家宝として大事にしている。
私たちが見ることのある、「長岡の花火」の作品は別のもの。 写真は撮りそこねた。

山下清は、放浪の旅に出ているときが、いちばん生き生きとしていた。 清の気持ちが、少しは分かるかな。

「今日の歌」は、「鬼無里(きなさ)の道」(YouTube)
今日は、自分の学校の卒業式でした。
(※ 今まで、学校のことは書かなかったけど、今日だけ。)
いい思い出をいっぱい持って、いい形で旅立たせてあげたいと思っていた。
そのためには、厳粛な雰囲気の中にあっても、緊張させ過ぎないようにしたいと考えていた。 卒業証書授与の場面で。
そのための方法は、昨夜決めた。
どんなことがあっても、自分は緊張しない、と決めた。 そのために、どうするかも決めていた。
卒業生は、9名。
授与の場面になって、私は子供達から目を離さないようにした。
名前を呼ばれて、私の前に来たら、まず礼をする。
礼をするときは、する前と終わった後に視線が合う。
視線が合ったとき、「じょうずですよ」とか「ありがとう」とか、「心配してないよ」など、心の中で話しかけていた。 そうすることで、私の表情がかたくならないと思っていた。
子供達は、柔らかな表情で、私を見た。
卒業証書を読むと時は、りっぱに卒業ですよ、とそれが伝わるように努力した。
子供達は、誰もが練習の時と同じようにできた。
式辞の中では、2つのことを話した。
「喜びや悲しみの多くが、人との関わりの中から生まれるから、人との関わりに磨きをかけること。」
また、「困っている人がいたら、その人の心の中を思うこと。そして、それを積み重ねること。」
(これは、司馬遼太郎のことば) ブログ「二十一世紀に生きる君たちへ」
最後のまとめは、「友達がいて、仲間がいる中で夢を追うとき、人間として大きく成長する」と話した。
途中、式辞の文に書いてないことも、その時急に思いたって言った。
うっかり、「いっしょに卒業しますね」なんて言ったら大変だから、それは気を付けた。
この3月から4月にかけては、誰もが、何年かに一度、人生の大きな節目を経験する。
保護者は、その節目にいる我が子を見て涙を流す。 小学校生活に別れを告げる寂しさだろうか。 小学生でいる我が子を見るのは、今日が最後だし。 他に、人それぞれ、様々なことをきっと思い出している。
卒業生は、「旅立ちの歌」を、静かに歌った。
在校生は、「君と僕のラララ」を歌った。 これがいい歌。
練習で初めて聞いたとき、涙が出そうになった。
こんな歌詞がある。
「心がちょっと いたいのは 笑顔が まぶしいからだね」
「さみしいなんて 言わないのが いいよね きっと会えるね」
YouTubeには一つしかなかった。 ピアノと笛の演奏。 それでも、いいですよ。
「君と僕のラララ」(YouTube)
温かく送られて、前向きな気持ちになって、今日卒業していたら、いいなと思います。
ある保護者から、わたしのブログを見たと言われました。
このようなことは、初めてです。
退職したら、伝えようと思っていました。
このブログには、この地域の名前○○○を書いたことがない。 ○○○方面とかでは使ったことはあるが。 忘れなければ、4月1日に書きますね。
「今日の歌」は、レミオロメンの「3月9日」(YouTube)
久しぶりにアコースチックギター(YouTube)
今日は雨が降った。 この雨も、雪をいっぱい溶かした。
本州の南や九州は、20度以上になったそう。 桜も咲き始めた。
同じ春でも、大分違う。
久しぶりに、腹が空いた。 夕方。
地元の店に、美味しそうな物を探しに行った。
春ニシンがあった。 店のあばさんに、数の子が入ってるのは分かるの? って聞いた。 ニシンは分かりづらいと言った。 大きめのお腹の膨らんでるのを選んだ。 頭を取ってもらった。 メスだった。
最近は、このオホーツクでも春ニシンが捕れるようになった。
この魚は、くどくないし、食べやすい。 おいしい。
焼いて食べた。 魚を焼いたのは、今年2回目。
大きいニシンは、小骨が気になるが、春ニシンは小さいので、骨が気にならない。 そこもいい。
春ニシンには、山わさびが合う。
雪が溶けたら、道端や畑や川原に生えてくる。 スコップで掘って、その根をおろし器でおろす。
それを、醤油と混ぜて、ニシンと一緒に食べると美味しい。
今日は、売ってなかったので、おろしたのが瓶に入ってるのを買った。
今日、業者に頼んであった、DVDが届いた。
ベータのテープが再生出来ないので、DVDに入れてもらった。
25年以上前の、幌茂尻小学校時代のもの。
少し画像はよくないが、これで、これ以上の画像の劣化はなくなる。
懐かしいのもあった。 死んだ親父の画像があった。
35年続けてきた教職生活が間もなく終わる。
寂しいなと思う気持ちが、あまり湧いてこない。 どうしてなんだ。
根室から離れる時だって、いっぱい涙が出たのに。
気持ちが、先に行ってるからか。
今日はこの後、2時間ほど、後始末をする。
「今日の歌」は、イスラエル民謡「シャローム」(YouTube) 昔、5年生の国語の教科書に、「お母さんの木」というのがあった。 友人と、それを劇でやろうと言うことになり、二人で脚本を作った。 お互い、学芸会でやった。 子供達が戦争に行った。 一郎も死んだ。 二郎も死んだ。 五郎が戻ってきたとき、母さんは、五郎と思って大事に育てていた桐の木のそばで死んでいた。 そんな話し。
その劇の中で、この曲を使った。 幌茂尻時代。 この学校を離れるとき、離任式で挨拶を始めたら、ある先生が、この曲を流し始めた。 涙が止まらないまま、話し続けた。 子供達も泣いた。
こんな思い出のある曲。 その曲を流した先生は、今年退職かな。 数年前に、ある研究大会で会った。
もう1曲は、本田美奈子が歌う「愛の終着駅」(YouTube) この人が歌うと、いい歌になる。 泥臭さがまったくない。
今日は、書けないかも知れない。
※ 酔ったらどんなことを書くか、試してみましょうか。
明日の朝、全部削除になったりして。
退職に向けての、儀式が始まったということかな。
【追記】 書けませんでした。
3月が残り少なくなってきたが、特に気持ちの変化はない。
どうしてなのかなって、それを考えています。
昨日、古い物が入っている箱を整理した。
珍しい物が出てきた。
まず、東京オリンピックの新聞。 紙も薄茶色で、虫が食べた穴もあった。
日付は、1964年(昭和39年)10月24日。
下は、日本女子バレーボールが優勝した記事。
東洋の魔女と言われ、回転レシーブをした。 監督は、「鬼の大松」と言われた。
体操の山下、遠藤の名前もある。 山下は、跳馬の「山下跳び」の山下。 金メダルをとった。 遠藤は、個人総合優勝。
もう、40年以上経ったが、記憶に残っている物もある。
下の写真は、マラソンの表彰式。 真ん中は、アベベ。 右が3位の円谷。
アベベはローマオリンピックで、裸足で走って優勝。(2時間15分16秒)
東京オリンピックでは、靴をはいた。 優勝。 (2時間12分11秒) どちらも世界最高タイム。
靴の底だってすり減るのに、足の裏は大丈夫なのか。
ずっと昔は、だれも靴は履いてなかったから、不思議ではないか。
円谷は、その後、自殺する。 マラソンの環境に恵まれなかった。 ウィキペディアには、自分の結婚も上司に壊されたとある。
円谷を扱ったTV番組が昔あった。 その中で、こんな内容のことを言った。
「マラソンは、つらい競技だ。 ゴールを目指して走ってるのではなく、次の曲がり角を目標にして走っている」と。 この言葉は、記憶に残った。
体操のチャスラフスカです。 今でも、たまにテレビで見る。 現在、66歳。
この人は、チェコの民主化運動「プラハの春」に署名する。 政治的にはっきり物を言う生き方をした。 そんなことがあるので、テレビで紹介される。 コマネチと比べて、女性っぽい感じかな。
美瑛小学校の卒業証書。 持ってたの知らなかった。 大きさは、B5の半分。 オリンピックの前の年。 今の卒業証書は、これに比べたら立派。
他に、この時の、サイン帳。 中学校時代の年賀状。 卒業記念品なども。
私の子供の時の物は、旭川にいる母親も持っていると思う。
最近、整理するために、古い物を色々見たが、この後また、ずっと見ないような気がする。
今日、ある人からコメントが来た。 ブログには表示されないが。
祖母が、佐呂間の栃木で若い頃を過ごしたという。 一度訪れてみたいとあった。
※ 佐呂間の栃木をクリックしたら、読めるかな。 私は、コメントの仕組みなど、よく分かってない。
コメントはめったに来ない。
明日は送別会。 仕事の関係。 11時までには戻らんと。
「今日の歌」は、三波春夫の「東京五輪音頭」(YouTube) いい歌かどうかは別。
久しぶりに、ユンナの「タッチ」(YouTube)
昨日は、リスの食事を忘れた。 そろそろあるかなって、きっと何回も見に来た。
晩に、いっぱいやっといたが。 悪いことしたな。
日中プラスの気温が続いているので、雪は急ピッチで溶け出した。
下の写真を見ると、木の周りの雪が溶けている。
生きてる木の周りは暖かいのかなって思ったが、木でなくても、電信柱のまわりも溶けている。
調べてみた。 いろんな説明があっったが、まとめるとこんな感じ。
① この穴は、「根開け」とか「根開き」と呼ばれる。 春の季語。
② 木に反射した光も当たるので、その分あたたかい。
③ 木に当たった風が、溶かす。
④ 雨が、木を伝って流れてきて溶かす。
⑤ 春になって木が水を吸い上げるので、木があたたかい。
⑤については、生きてる木と枯れた木では、穴の大きさに少し違いがあるという調査結果があるようだ。 (はっきりしない)
窓の雪もすっかり減った。
ところで、窓にいっぱい雪があった時、その雪で本当に本が読めるのか、確かめておけばよかった。
満月の夜なら、何とかなるのか。
「蛍の光」の歌にある、「窓の雪」は、そんな少しの灯りでも本を読んだという、例えなのか。
地面の雪は、どうやって溶けるのか。(予想)
① 太陽の光が当たって、上から溶ける。
② 風があたって、溶かす。
③ 気温がプラスなら、暗くても風が無くても溶ける。
④ 雪の下の地面の温度がプラスになって、下からも溶かす。
⑤ 雪の中がプラスになって、溶かす。 雪は、骨粗鬆症のように、スカスカになっていく。
⑤があるから、加速するように溶けるのかな。
これから、1週間ごとに風景が変わる。
ただ、3月の後半でも、猛吹雪がある。 油断はできない。
写真の整理をした。 30年ぶりに見たのもいっぱい。
アルバムに整理してあったのは、少しだけ。
1年前の正月に、最後に担任した子供達の写真の全てを、CDに記録した。 キャノンの印刷機にその機能があった。 ただ、時間のかかる作業だった。 CDは子供達に送った。(今は大人) 住所の分からないのは、教え子や親が調べてくれた。
パソコンも使うから、トリミングして、写真はどんどん増やせる。 600枚は以上あったかな。
喜んでくれたらいいなあって作ったけど、いつかゆっくり見てくれたら、それで十分とも思う。 私だって、そんなに見ないんだから。
写真のネガは、車に積む。 雨の日とかに、のんびりCDに記録する。
「今日の歌」は 「蛍の光」 Auld Lang Syne(YouTube) スコットランド民謡。 題の意味は、「遠い昔」だそう。 いいですよ。 ぜひ聞いてみて。
同じ曲を、デクラン・ガルブレイスという少年が歌う。 イギリスの歌手。 ガルブレイス(Wikipedia)
紋別で酒を飲んで帰ってきたのは、2時頃だったのかなあ。
飲んで、食べて、しゃべって、面白かった。 昔の麻雀仲間と。
お寿司屋さんに行った。 ご馳走してもらった。
特上の寿司を食べたのは、何年ぶりか。 珍味もいっぱい。
今はメンバーが欠けたので、麻雀をすることはない。
以前はよくやった。 たいてい朝まで。
酒を飲みながら、ふざけたおしゃべりをして。 楽しかった。
夕べは、思い出や、お互いのこれからのことについて話した。 3人で。
この二人とは、長い付き合いになりそう。
これが、特上の寿司。 ありふれた物は一つもない。
アワビ、トロは久しぶりかな。
これが、珍味。
黄色い皿が、メフン。 鮭の背骨にある、血合い。(血のかたまりの感じ)
一番右は、カニの内子。(卵巣)
ピンクの皿は、ホヤ。 根室にいるときは、よく食べた。 昔は捨てていた。
左の皿は、氷頭(ひず)。 鮭の頭を凍らせて、薄く切った。 塩辛っぽい氷頭だった。
これを食べるときは、日本酒にした。
昔、紋別に長兵衛というお寿司屋があった。 そこに、お任せ寿司というのがあった。
全てが、珍味ばっかり。 いつもそれを注文していた。
これは、アサリの酒蒸し。 そんなに珍しくはないか。
他にも、刺身や天ぷらがいっぱいありました。
ごちそうさま。 ありがとう。
2軒目のお店で、お好み焼きを食べた。 店を出たのは、1時過ぎだったのかな。
寿司屋で話したことは憶えているが、次の店のは、おぼえてない。
いつもヘルパーで帰る。 家まで、3500円。 高い。
【麻雀の思い出を少し】
根室にいたとき、「天和」(てんほう)という役を上がった。 自分が親の時に、33万回積んで、1回位出来るという役。 最初から上がってたと言う役。 自分の努力は、どこにもない。 この役を上がったら、悪いことがあるので、お祓いした方がいいと言われている。 私はしてない。
大学時代、56時間続けてやった。 寝ないで。 朝に終わって外に出たら、自分の手が黄色く見えた。
教師になって数年後、昔の仲間が旭川に集まって、麻雀をした。 小さな雀荘の和室で。
夜中、突然、一人の若い警官が、「逮捕する」って乗り込んできた。 ビックリした。 その警官の顔を見て、再びビックリ。 大学時代の麻雀仲間だった。 安上がりのKと言われていた。 軽蔑して言ったのではなかった。 みんな、安上がりに泣かされた。
だれかが、誘っていたようだ。 仕事中だったので、すぐに戻った。
「今日の歌」は、坂井泉水の「あなたと共に生きて行く」(YouTube)
子供達は、どんな思いでいるのかなって、考えた。
紋別には、高校は一つしかない。
自分の将来を考えて、地元を離れる子もいる。
人生80年。(大きな病気をしなければ)
そのうち、親子一緒の生活は、短かったら15年。 長くて18年。
人生の5分の1程。 短い。
※ 子供達の中には、事情があって、もっと短い子もいる。 「きつねの窓」
中学を卒業したら、自立に向けての意識が強くなる。
何時かは一人で生きて行かなければならない。 そう考えたら、親元から離れるのは仕方ないも知れないが、寂しいだろうな。
式の中で、子供達は何を考えているのかなって思った。
3年間を振り返り、また、これからの自分の進む道に夢を探しているようにも見えた。 漠然とした不安が、どこかにあるようにも。
自分は、中学校の卒業式の細かな記憶はない。
ただ、その時期は、美瑛から旭川の高校に通う、漠然とした不安と楽しみがあったのかな。
汽車の乗るのは好きだったから、通うことを面倒には思っていなかった。
卒業式は、別れというより、将来に向けてスタートする、という感じが強いかな。
※ 1時間かけて書いた記事が消えてしまった。 保存がうまくいかない時に起きる。 さんざんだ。 最初に書いた記事と大分変わってしまった。 二日酔い気味の頭だから、思い出せない。

忙しくなってきた。 職場では、息つく暇もない。 少し言い過ぎか。
忘れてることがないか、気にしながらしてる。
次の連休が終わったら、3月後半だ。 3週間を切った。
昨日、酒の誘いの電話が来た。 明日の晩。 二人。
明日の晩も、ブログは書けないな。 1次会で帰ってくることはないな。
昨日のブログを書きながら、子供の時の、忘れられない別れを思い出していた。 以前、簡単にブログに書いたことがあった。
それは、担任の先生との別れ。
下の写真の、左の方にいる先生。 名前は、本間先生。 下の名前は忘れた。
独身の若い先生。 教育大を出たばっかり。
この写真は、昭和35年、4年の時に、稚内に修学旅行に行った時の。
稚内灯台の前で写した。 今の灯台とは違う。
私がどこにいるかは、教えない。
私を知っている人は、もしかしたら、分かるかも知れない。
この写真は、4年生から6年生までの全員。
(今の写真でないから、どうでもいいか。 上に書いた先生の、右側、となりのとなり。 白い服を着ている。 背が小さい。 4年だし)
この旅行で、小遣いのほとんどをつかって、ホッチキスを買った。
今もある。 ただ、最近見てないが。
これがあったら、ノートや本が作れると思った。
楽しかった思い出だけが残っている。 自然一杯の田舎だ。 中川町、国府。
この時代があるから、今も、自然に興味が持てる。
4年生が終わった3月の末に、美瑛町に引っ越すことになった。
私の家は、国府の一番北にあった。 国府は、上川管内で一番北。 だから、私の家は、上川管内で一番北と言うことになる。 だから、歌内の駅より、問寒別の駅の方が近かった。
朝早く出て、問寒別の駅に行った。 汽車に乗った。
下の写真は、今の問寒別駅。 今年の夏に行った。 昔は、立派な建物があった。
卒業式の日だったか、担任の本間先生に聞かれた。 いつ行くのかって。
行く日にちと、時間を言ってあった。
汽車が歌内駅で停まったとき、ホームに本間先生がいた。 学校から2㎞くらい歩いて、見送りに来た。 何を話したか忘れた。 きっと、励ましてくれたと思う。
下の写真は、今の歌内駅だが、昔はもちろん大きな建物があった。
汽車が動き出した。 汽車の一番後に行った。 先生はホームにずっと立っていた。 動かなかった。
先生が見えなくなるまで、先生はそのままだった。
美瑛に行ってから、手紙を出したわけでもない。 それっきりになってしまった。
あの時の、情景は、心に焼き付いたままになった。
今は、80歳くらいになっている。 探す方法はあるのか。
思い出したことがある。 本間先生は、「ああ無情」を読んで聞かせてくれた。
オオノガイを食べながら、ビールを少し飲んでます。
夏に、根室に行ったときに買った。 温根沼の特産品。 少し苦い味がする。
珍味中の珍味。 火にあぶって食べる。
「今日の歌」は、倍賞千恵子の「ふるさと」(YouTube)
仰げば尊し(YouTube) 4年生の卒業式で、この歌を歌った。 この歌の歌詞に、「身を立て名をあげ」というのがある。 この歌詞が、この歌の衰退を招いたように思う。
そんな旅が似合いそうな人達と、お酒を飲みました。
場所は、「あかちょうちん」
そう言えば、去年の今頃もこうやって飲んだ。 このメンバーに、転勤した人が加わって。
みんな女性。 声がかかってくるから、参加させてもらってるが、どうして自分が加わるかは、よく分からない。
このメンバーにも、今年異動するだろうという人がいる。 人事が確定し、新聞発表されるのは、20日過ぎ。
一つの学校に、5年いたら、そろそろ異動するかなって考える。 ただ、中には、10年くらいいる人もいる。 新しい環境で、新鮮な気持ちでスタート出来るところが、異動の良さでしょうか。
料理を食べながら色々話した。 30代をどう生きたら、振り返ったとき、いい時代だったと思えるかなって、そんなことも話した。 学校は忙しいから、気づいたら、1年が終わってたってことになることが多い。 季節を感じる閑もなく。 この3人は、昨年一緒に旅をしたそうだ。 いくら忙しくても、こういうのが大事かも知れない。 仕事とは別の楽しみもあっていい。
教師としての生き甲斐は、教室にしかないと考えたら、子供たちといい関わりを作ることが、大事になる。 こんな話しも、したようなしないような。
イカゴロ焼き これには、思い出がある。
15年くらい前、あかちょうちんには、イカゴロ焼きはなかった。 私は好きだから、いつも必ず、イカ焼きと、ゴロを焼いたのを別々に頼んで、二つを混ぜて食べていた。 いつの間にか、イカゴロ焼きが、メニューに入った。
ここの料理は、イカにしても、ホッケにしても、他の店より大きい。

イカのゴロについて少し。
店によっては、イカのゴロを使わないところがある。 理由を聞いてみた。 ゴロには、体によくない物があるという。 金属というか。 そこに凝縮されているらしい。 一般的に、魚や貝の内臓には、そう言う物が含まれていると、ネットで調べても、書いてある。
そんなことがあって、しょっちゅうは、食べないことにしている。
刺身盛り合わせ ウニもありますよ。 これで、2人前。

ジャガイモ。 これが一番美味しかったかな。
子供の頃、よく食べた。 イモを焼いたのを。 飽きてしまったのかというと、そうではなく、いつ食べても美味しい。
もっとあったんだが、これが最後の一個。

こうやって、お酒を飲んだ人達とは、ずっと年賀状のやり取りが続く。 それがいい。
あれっ。 でも、私はもう、正月どこにいるか分からない。 もらうことはない。 だから、私も出さないことになるのか。 メールでの年賀状かな。
また一つ、いい思い出が出来ました。
楽しい思い出は、その人のこれからを、少し強くしてくれるかなって思うんですが、どうでしょう。
寝不足です。 私が悪いわけではない。 日曜日に買った本が悪かった。
夕べ11時半頃、布団に入って、本を読み始めた。 「地図で読む日本の歴史」を。 内容は、坂本龍馬がどのように襲われたかが、家の間取り付きで書いたある、など。 面白さは、まあまあ。 普通は、30分も読めば眠くなる。 12時になっても1時になっても眠くならない。 読むのをやめた。 いつもの、司馬洋太郎のを読み始めた。 知らないうちに寝てしまった。
どうして、眠れない本と眠れる本があるのかを考えた。
分かった。 眠るためには、頭の疲れる本がいい。 だから、少し難しい司馬遼太郎がいい。
他にもいいのがある。 詰め将棋の本。 これも疲れる。
いつだかも書いたが、私の頭は、疲れるのには慣れてない。 そういうことだ。
今日3月10日は、東京大空襲のあった日。 昭和20年。
※それと、息子の誕生日。夕食代を送った。 また母親の誕生日でもある。
新聞には小さくしか載らなかった。 風化してるとは思わないが、この日を忘れることの出来ない人は、たくさんいるんだろうと想像する。
午前0時過ぎ、爆撃が開始した。 B29が279機。
落とされた爆弾は焼夷弾。 ゼリー状にしたガソリンが入っている。
まとめて落としたら、途中で散らばる。 だから、クラスター焼夷弾と言われる。
全部で、38万1300発が落とされた。 この数が気になる。 どのくらいの密度で落ちたのかが、知りたくなった。 計算してみた。 爆撃された場所の広さは、41平方キロ。 東京35区(当時)の3分の1。
41000000㎡÷381300発=107.52㎡
大きめのグランドは、1辺が、100㍍くらいある。 その広さは、10000㎡。
10000㎡÷107.5㎡=93.02
平均で、グランドに93発だ。 はるか遠くで、パラパラ落ちてるのではない。 雨のように降った。
軍需産業の工場があった下町は、特に狙われた。 グランドの広さに、100発以上も落ちたのか。
逃げる人々を囲むように、落とした。 機銃掃射もしたと記録されてる。 炎によって、台風並みの風が吹いた。 火を益々強くした。
死者、約10万人。
早乙女勝元が「猫は生きている」という子供向けの絵本を書いた。
その中に、こんなのがあったように記憶している。
お母さんが赤ちゃんを抱いて逃げた。 火に周りを囲まれた。 お母さんは、手で地面を掘った。 その中に、赤ちゃんを入れ、その上にフタをするように、自分が覆いかぶさった。 もちろん二人とも死んでしまったが。 きっと、この事を想像できるものが、発見された。
この絵は、お母さんが穴にかぶさってる絵でないかな。 ちがうかな。
今、NHKで東京大空襲を扱っている。(9時40分)
死者が多すぎて火葬出来なかった。 公園とかに、仮埋葬地として埋めたそうだ。 その事が、歴史に埋もれている。 それを調べている人がいる。 若い女性カメラマン。
その人は、ある遺族に会った。 その遺族の人は、東京の空は、火の海だったと言った。 父と弟の遺体を公園で見つけた。 仮埋葬された人の数は、12000。(もっと多いという調査もあるそう。聞き間違えたのかな、8万って言った。) 仮埋葬地の数は、70~130位と言う。 全てが掘り起こされたわけではない。
戦争はダメだと大きな声で言える時代になった。 少しずつ世の中が変わった。 何気なく変わったのではなく、早乙女勝元の絵本によっても、子供の戦争に対する考えを作り、その子達が、今大人になっている。 上に書いたカメラマンも、戦争を風化させない ための大きな役割を果たしているように思うかな。
死の商人と言われる人間がいる。 こいつらと政治が結びついたら、大変だ。
このオホーツク地方が、北朝鮮から一番遠いと喜んではいられない。
「今日の歌」は、城南海という人の「アイツムギ」(YouTube) 新しい歌。 沖縄っぽい。 調べてない。
森山良子の「さとうきび畑」(YouTube) これも、初めて。
ブログを書き始めようと思ったら、電話があった。
飲み会のさそい。 以前同僚だった人。 3人。 女性。 若い。(まあまあか)
3人とも、その学校で新採用でスタート。 楽しかったこともあったし、試練もあった。 試練を乗り越えるために、私は、無理なことを言った。 涙も見た。 でも、3人ともみんな乗り切った。 今は、一人一人が一人前だ。 私が、その学校を去るとき、その3人とお酒を飲んだ。 無理なことを聞いてもらったり、我慢してもらったことを、お詫びした。 そうして、楽しく飲んだ。
その3人と、もう一度会える機会はないかもしれないと思っていた。 だから、うれしい。
日にちは、明後日。 紋別で。 (こっちに来てくれると言ってくれたが、申し訳ないので紋別)
楽しい思い出が、一つ増える。
先日、函館の車の会社に電話したら、私の担当の人が退社していた。 私は、その人を通して、会社を信頼し、車を買った。 電話に出た会社の人には、予定が変わっていないことを伝えて電話を切った。 何を頼んでいたかというと、今乗ってるサーフを売ること。 次の日から、車は紋別で処分することを検討していた。 今日考えた。 荷物は函館まで送るのか。 私は汽車で行くのか。 面倒だ。 困ったなあと思って、函館に電話をした。 事情を話した。 うれしかった。 初めの担当の人が言ったことと、同じ対応をしてくれることになった。 心配は、消えた。 この会社にしてよかったと、再度思った。
キャンピングカーステーション函館店です。 ホームページから写真をお借りしました。 いっぱい展示しています。 ダイエーのそばです。
紋別から、函館は遠いけど、函館は旅の途中で必ず通るので、不便はないと思いました。
桜前線が、これから北上する。
ところが、桜が満開だとか、ニュースで聞く。 どういう事だ。
知らなかったが、早咲きの桜があるみたい。
昨日も調べたが、詳しく分からない。
「河津桜」と「彼岸桜」が、早く咲くことが分かった。 他にもあるかも知れない。
河津桜は、1955年に静岡県で偶然発見された。 河津町かな。 40年ほど前から、他の地域でも植えられるようになった。 河津桜祭りは、2月10日から3月10日まで。 と言うことは、もう散ったんだ。 普通の桜より、1ヶ月以上早く咲く。 咲く期間も長い。 寒いから長持ちするのか。 寒い中での花見は問題ないのか。
河津桜の原木
※ ちょっと寄り道。 野球の韓国戦、苦しい。 攻撃はあと2回。 1対0。 負けてる。 まだ、分からない。 ダルビッシュが出てきた。 (9時)
戻って。 彼岸桜もある。 他の桜よりも早く開花するという。 これ以上のことは分からない。
今年の彼岸桜の写真はない。 3月20日頃咲くようだ。 少し早い程度かな。
なんで、さくらの花に、心がおどるのかな。 咲いて、すぐに散って。 それを見て、想うのか。 今か今かと待つのも楽しいかな。
別海高校のドキュメンタリーの「桜の花の咲く頃に」を作った人と、「白線流し」を世に出した人は、同じ人なんですよ。 どちらも青春の夢かな。
「今日の歌」は、森山直太朗の「さくら」(YouTube) 合唱
※ ポアンカレ予想の番組が始まった。 それを見る。 以前見た番組とは違う。
今日も朝から、物の整理をした。 写真やビデオも。 デジカメで写し、印刷した写真もいっぱいあった。 学校で写したものがほとんど。 それらの写真は、外付けハードディスクというのかな、それに保存してあるので、捨てた。 思い出の深いのだけ、除いてアルバムに貼る。
写真って、撮るだけ撮っても見ないもんだ。 私だけかも知れないが。
昔のことを振り返る、心の余裕が無かったのかな。
仕事の面では、全てが楽しい思い出ばかりではないし。
25年くらい前に撮影した、ベータのビデオが残っている。 再生するデッキはない。 どうするか困っていた。 以前、DVDに記録するサービスをする業者を調べたときは、1本5000円と言うので、高いからやめていた。 今日、安いとこがないか調べた。 札幌の業者が、2000円ほどでやってくれる。 すぐ電話して、頼んだ。 ベータのテープを7本送った。 全部送ったつもりが、1本送り忘れた。
昔、コンパクトビデオと言うのもあった。 これも、たくさんある。 アダプターに入れて、普通のビデオデッキで見る。 朝から、ずっと、今もDVDにダビングしている。 高速ではないので、時間がかかる。
左下がベータのテープだが、ソニーは、不便を感じている人達のために、何かサービスをやってないのかな。 電気店に聞いたら、分からないと言った。
今は、ハードディスクに保存するのが、ほとんどでしょうか。
ブログに動画を載せる方法が分かったら、ビデオカメラが欲しくなるかも知れない。 画素数を大きく出来ないから、安いのでいいのかな。 携帯で十分だったりして。
※ 今、「天地人」が終わったので、チャンネルを動かしたら、フランダースの犬の、ラストの場面の解説をしていた。 2枚のルーベンスの絵を見ながら、死んでいった。 天使が降りてきて、いっしょに天国にいった。 ハッピーエンドで終わらすことは出来ないのか。 なんぼお話しでも、悲しすぎる。 他の話しでは、「火垂るの墓」が、見るのはたいへんだな。
「フランダースの犬、ラストシーン」
枕元に置いてある本は、司馬遼太郎と地名の本、ここ2か月そればっかり。 司馬遼太郎のは、8つぐらいに千切って、ホッチキスで閉じたやつ。 題は「司馬遼太郎が考えたこと」。 考え方で、学ぶことが多い。 何か、面白いところを紹介したいんだが、朝になったら、読んだ内容を忘れてる。 同じ所を何回も読んだんだが。
今日、ツタヤで2冊買った。 「地図で読む日本の歴史」と「日本地図は、教養の宝の山」というの。
時々読むのが、「心はいつも山頭火」。 大人の絵本。 その日の気分で、気に入る歌が変わる。
今日気に入ったのは、「ふくろうは ふくろうで わたしは わたしで ねむれない」
最近、寝てからも何かを考えていることが多い。 そのまま、夢の中でも考えている。 熟睡してないときがある。 SOTOのしうさんが、どう生きるかを考えている。 それを読んで、私は、35年の教師生活を振り返っている。 なんだったのかなって。 これについては、退職してから書きますね。
山頭火のような歌を作るには、何が必要なのでしょう。 感性か。 何かを感じても、それを文章にする力も必要だ。 だれもが作れるようなレベルだったら、いいなって多くの人が読まないか。
「今日の歌」は、岡村孝子の「ビリーブ」(YouTube)
今日は3月7日。 啓蟄(けいちつ)を2日過ぎました。 啓蟄の日になると、大地が暖まり冬眠していた虫が、穴から出てくるそうです。 花も咲き始め、春になったと言うことでしょうか。 でも、これは、本州の話し。
※啓蟄は、二十四節気のひとつ。 他に、大寒、春分、立夏、夏至、秋分、冬至などがある。
木の下の方に巻き付けてる、ムシロを取っている。 冬、この中に虫がいる。(こもはずし と言う。 姫路城)
今日のオホーツクは、強風のため、国道を走ったら、地吹雪で前が見えなくなった。 一時ハザードランプを点灯して走った。 気温が0度前後の日が多くなったので、春が近づいたかなと感じはするが。 流氷が去ったら、春でしょうか。
桜は、3月20日頃、九州で咲き始める。 4月に入ったら、本州の半分くらい。
先日、秋田観光協会に電話した。 4月になったら、夏タイヤで大丈夫かを聞いた。 問題ないという返事。 考えて見たら、秋田は、まもなく桜が咲くんだから、こっちの5月上旬の温かさか。
※ 今、野球の韓国戦が始まった。 イチローが今ヒットを打った。(7時10分) 調子が、これで戻る。 大事な試合だ。 今、1点が入った。 ずっと、ブログで野球中継をするか。
私は、4月5日前後に、新潟を通る。 その頃、桜が見れそうだ。
2月9日の沖縄。 満開。
高速道路が、3月28日から、土日祝日、1000円での乗り放題。
やっと、時代が変わってきたのか。 どうしてこんなに高いんだろうって、誰もが思っていた。 タダの国だってあるのに。 秋に、函館に行ったとき、八雲まで高速を使った。 8000円以上かかった。
ただ、ETCが車に付いてないとダメなそうだ。 料金所で、混むからかな。 私の車には付いてない。 そのうち、付けるか。
心配なことがあった。 1000円になる対象車種は、乗用車となっている。 キャンピングカーは大丈夫か。 今日調べた。 大丈夫だった。
※ 野球が、いい場面が、ずっと続いている。 ブログがはかどらない。 今、村田がホームランを打った。 ねばってねばっての末に。 これで、8対2。 まだ、2回なのに。(8時) ビールで、とりあえず、乾杯だ。 韓国のキム・ヨナは応援するが、野球は日本の応援に決まってる。
最近、キム・ヨナのことを忘れてた。 世界選手権は、3月23日から始まる。 楽しみだ。
四大陸選手権、ショートプログラム、世界最高得点。
話しは、元にもどって。 1000円になったら、ばんばん乗るか。 まてよ、安いからと言って、調子に乗って、乗ってたら、軽油代が大変だ。 急ぐ旅ではないんだから。 なんだ、普段は高速に乗る必要はないってことか。
そろそろ、「白線流し」の時期かなと思って調べたら、終わっていた。 毎年、3月1日に行うそうだ。
岐阜県高山市の、斐太高校。 今年は273人が卒業した。 制帽の白線と、セーラー服のスカーフを結んで、学校前の川に流す。 変わらぬ友情を誓ったとは思うが、一人一人、どんな想いを込めて流したのでしょうね。
今年の白線流し
木村美保の「白線流し」(YouTube)
スピッツの「空も飛べるはず」(YouTube) 白線流しのテレビドラマの主題歌
普段の使い方に問題があるのか。 それが、溜まったときに、昨日みたいになりそう。
今、テレビで、「ポアンカレ予想」の番組の再放送の紹介をしていた。 この番組は以前、2度見た。
数学の問題なんだが、多くの数学者が挑戦していたが、証明に失敗した。 この問題を証明した人が現れた。 それまでの数学者は、トポロジー(位相幾何学)と言われる新しい考え方で、解こうとした。 解決した人は、以前からある、微分幾何学というのを使った。 そのことも驚きの一つだった。 その人を追う番組。 内容が難しい。 ※ 私は昔、微分幾何学をかじっていたんだが、全部忘れた。
この証明で、こんなことも分かったそうだ。 宇宙の周りに、紐をぐるりとまわす。 両端を自分で持ってるとする。 紐の端をどんどん引っ張って、全部が自分の所にきたら、宇宙は球か、それに似た丸い感じになる。 ところが、もしドーナツのようだったら、紐を巻き付けて引っ張ったとき、紐がドーナツの穴のところを通っているため、ひっかかって、全部自分のとこに戻っていない。 このポアンカレ予想によって、戻ってくることが証明された。 だから、宇宙は、ドーナツのようではないことが分かっている。
これを証明した人は、数学界から離れ、人に会わなくなってしまった。 ロシアの人だったかな。
宇宙が一つなのか、二つなのか、もっとあるのかは、分かっていないようだ。
宇宙全体は、ものすごいスピードで膨らんでいるそうだ。 だから、私たちの体も、昨日よりは、どれだけかは分からないが、膨らんでいるそうだ。 宇宙が二つあるとすれば、その間はどうなっているのか。 一つだとすれば、その外側ってあるのか。 不思議なことばっかり。
再放送を見ることが出来たら、もう一度見てみます。 ちゃんと知りたいかな。

最近、写真は、YouTubeから借りることにしている。 それなら大丈夫かなと思っている。
ある本に、「日本 三大がっかり名所」と言うのが載っていた。
それは、「札幌時計台」、「はりまや橋」、「長崎のオランダ坂」 だそう。
私は、時計台と、オランダ坂は見た。
時計台の印象は、初めから建物しかないと分かっているから、とくにがっかりはしなかった。 あの歌に出てくる時計台かなと思って眺めた。 感動することはなかったが。

出来てから、130年経った。 昔は、もうちょっと北寄りにあったそう。 つまり、駅の方かな。 札幌農学校(現北大)の敷地内にあった。
ブログ「時計台」 随分あっさりしたブログ。 写真は大きくなる。
はりまや橋は、四国の高知市にある。 この橋も歌があるから知られるようになったようだ。
「よさこい節」の歌詞の通り、坊さんが好きな人にあげるために、かんざしを買ったが、人に見られた。 二人の恋は引き裂かれたという、悲しい歌。

小さな橋です。 「よさこい節」(YouTube)
長崎のオランダ坂は、ただの坂。 どうして有名になったかは分からない。

ただ、古い歌だが、春日八郎の「長崎の女」の、3番の歌詞に、オランダ坂が出てくる。 この影響かも知れない。
「長崎の女」(YouTube) 1番と3番を歌っている。
他にもがっかりの観光地はあると思うが、逆に、有名でなくてもいい所はきっとある。
うまくいかないことが、多い。 まず、そのことを。
①(直接の仕事以外で) 最近難しいと思っているのは、何かを決めるときの、調整の取り方。 話し合って決めるんだが、難しい。 どうして難しくなるか。 それは、意見が違ったとき、どう決めたらいいかの考えが、みんなバラバラなんだな。 意見が違って、決め方の考えも違う。 ただ、こうならない時もある。 それは、お互い信頼できる関係の仲間が、何かを決めようとしたとき。 同窓が集まった時なんかは、何人いたって、パッパと決まる。
② 流氷が、丁度いい所に、いてくれない。 船が動きづらいほど、港に一杯になったり、遙か彼方に行ったりしている。 外海の流氷を、ガリンコ号に乗って見てみたい。
③ リスのために、立派な家を、苦労して作ったのに、住んでくれない。 同僚のKさんが、家から出るのを一度見たことがあると言うが。 朝、口笛を吹いたら、いつも遠くからやってくる。 家の中から、ひょいと出てくればいいのに。

この写真しか、見つけれなかった。 屋根がちょっと。
④ 写真のソフトが調子悪い。 ついにダメ。 パソコンのどこかを触ったかも知れない。 こうなったら、戻す力は、私にはない。 まいったな。 今ずいぶん、時間を使った。
⑤ 最近の話し。 廊下で、1年生の子が、腕まくりをして、手袋をはいていた。 それを見て、面白いと思った。 話しかけた。 「ねえ、どうして手袋をはいているの」と。 「寒いからだよ」と言った。 いい調子だ。 私はさらに聞いた。「どうして、腕まくりをしているの」と。 その子は、「どうしてって、とくに」と言った。 残念。 1年生じゃ、無理かなと思った。 期待していたのは、「あついからだよ」 だった。 面白い会話が出来たかも知れないと思ったが、うまくいかなかった。 3年生なら、うまくいったかも知れないな。
以前、レミオロメンの「春夏秋冬」を紹介した。
春は 月に笑うように
夏は 花火に恋するように
の歌詞で始まる、歌。
今日、ネットのニュース(記事)を見たら、卒業式の歌で、今一番人気があるのが、レミオロメンの「3月9日」とあった。 最近人気のある「旅立ちの日に」と比べたら、どこが違うのかを知りたくなった。 二つの詞を比べてみますね。
「3月9日」(1番)
流れる季節の真ん中で ふと 日の長さを感じます
せわしく過ぎる日々の中に 私とあなたで描く 3月の風に想いをのせて
桜のつぼみは 春へと続きます

「旅立ちの日に」(初めの部分)
白い光の中に 山なみは萌えて
遙かな空の果てまでも 君は飛び立つ
限りなく青い空に 心ふるわせ
自由を駆ける鳥よ 振り返ることもない
詞の違いは、何だろう。 「旅立ちの歌」は、「飛び立つ」とかがあって、卒業式の歌だなって感じがするかな。 この後の歌詞には、学校生活を振り返る所があるし。
それに比べて、「3月9日」は、卒業の時期の歌には思うが、卒業式の歌とは違うようだ。 中学生や高校生の中には、飛び立つや、羽ばたくの歌は、ちょっとな、と思う生徒がいてもおかしくない。 「3月9日」は、さらっとしている。 また、詩として見たら、「3月9日」の方が、想像を膨らませる感じがする。 私は、こっちが好きかな。
レミオロメンの「3月9日」(YouTube)
合唱 「3月9日」(YouTube)
合唱 「旅立ちの日に」(YouTube) 文の下に、動画が現れます。
このところ、昼間あたたかくなる。 春が近づいた感じがしますね。
書くのが楽な時は、写真があるとき。 写真の解説を書いて、自分が感じたことを書いたりすると、何とか出来上がる。 夏は、勤務の後、ひとっ走りできるので、写真を撮れる。
旅に出ると、そんなに困らないと考えている。 発見はいっぱいあると思う。
少し大変に思うときがある。 書くことがないとき。 そう言うときは、晩になって考える。 旅に出るまでは、苦労するかも知れないが、訓練だと思っている。 (このことは、以前書いたかな)
今日は、写真があるときのを、書きますね。
① カメラの写真を、パソコンで見る。
② 全部見て、使える写真を選ぶ。 5枚くらいの時もあれば、10枚を越えるときもある。
③ 選んだ写真を、どの順番で使うかを決める。 この時、ブログの構想(流し方)も考える。
④ 使う写真だけ、順番に、デスクトップに並べる。
たいていの写真は、そのまま使うが、必要なとこだけを、トリミング(切り取り)することがある。
⑤ 写真の画素数が大きいので、そのままは使えない。 パソコンで、6万画素くらいに落とす。
※カメラで写したのは、800万画素。 望遠で小さくしか撮れないときのために、そうしてる。 引き延ばしても、そんなにぼけないから。
画素数を落とした写真が、下のようにパソコンに出る。 その大きさで、ブログに使うことが出来る。 また、小さく使うことも出来る。(これは、あとで)

画面の写真は、どんな大きさにでもできる。 そのまま使える大きさは、もう少し大きくして、限界かな。
私は、この方法しか知らないが、もっといい方法があるかも知れない。
※ ちょっと寄り道。 ブログを書いてる時、どんな画面を見ているか。
一番上は、こんな感じ。 タイトルは、この場所に打ち込む。 下の文は、もっと下で書いた文が、ここに表示される。

表示された文の、下の部分。

実際に書くのは、この場所で。 この3枚の写真を入れる前は、この状態。

※ 今日は、写真を写して、加工したりしているから、時間がかかる。
⑥ ⑤の写真を、下の場所に移動する。

「そのままで使う」をクリックすると、大きい写真が、ブログを書く画面に、文字や記号で表示される。 その上には、実際の写真が表示される。 「サムネイルで表示する」をクリックすると、画素数のとっても少ない、小さな写真が上に書いたように表示される。
※ 寄り道 時々、「記事を保存」をクリックして、実際のブログに表示する。 たまに、書いたのが消えることがあるので、途中で、そうしてる。 消えたのを戻せないときがある。
⑦ これを続けていくと、ブログの文と写真は出来上がる。
文は、写真を入れた後に書く。 パソコンの前に、紙を1枚置いている。 そこに、今日書く、思っていることや、感じたことをメモしておく。 写真の順番も書く。 写真の番号で。 書いているときに、思いつく事が出てくるときもある。
⑧ 音楽とかは、曲名をクリックしたら、YouTubeにつながるようにしている。 これが、リンク。
自分のブログにでも、どこかのホームページにもリンクできる。 その時の画面は変わる。 下の画面に。
「今日の歌」は、西島恵三子の「鬼無里の道」(YouTube)

この画面で、コピー、貼り付けの作業を行う。
この後、記事を保存して、ブログは完了。
私のブログは、FC2ブログ。 他のがどうなのかは、分からない。 ブログに関して、私は、まだまだ初心者。
私は、インターネットは、ドコモのモペラを使っている。 携帯が使えたら、どこでも使える。 その代わり、スピードが遅い。 そのために、少し多く時間がかかる。 仕方ない。
最近、写真を処理するソフトの調子が悪い。 困っている。 今日も、写真に時間がかかった。
「今日の歌」を、もう1曲。 坂井泉水の「異邦人」(YouTube)

悲しい歌だなって思う。
いつ頃、誰が作ったのかを調べた。
困ったことが、起きた。 作詞者が二人いた。 一人は、サトー八チロー。もう一人は、山野三郎。 山野三郎を調べたら、やっと分かった。 サトー八チローのペンネームだった。
作曲者は、河村光陽という人。 この人は、「カモメの水兵さん」とかを作曲している。
うれしいひなまつりは、古い歌の感じがするが、わりと新しい。
詞が出来たのが、昭和10年。 この詞に、光陽が曲を付ける。 昭和11年に、光陽の長女の河村順子が歌った。 レコードが発売され大ヒットした。 順子に歌うよう頼んだのは、サトウ八チロー。 順子は教師。 サトウ八ローが亡くなる昭和48年に、ハチローと順子は、テレビに出演している。
「うれしいひなまつり」(YouTube) 女の人が歌っている。 明るく。
河村順子が歌う「嬉しい雛まつり」(YouTube) 上手とは言えないが、懐かしい感じがする。
調べて分かったことを、あと少し。
「あかりをつけましょ ぼんぼりに」の歌詞は、ハチローの子供が、ぼんぼりの灯りを消したり付けたりして遊んでるのを見て、思い浮かんだそう。 また、「お嫁にいらした 姉様に」の歌詞は、若くして亡くなった、ハチローの姉の嫁入り姿を思い浮かべたときに、生まれたという。
曲が暗い感じがするが、日本旋律が多く使われているとあるので、それが理由と思われる。 また、昭和の初めの時代の雰囲気が、影響を与えたかも知れない。 昔の歌は、こういうのが多い。 卒業式で歌われた、仰げば尊しも、暗い感じがする。 味はあるが。 この歌は、誰が作ったかはっきりしない。
《追記》 暗く悲しくなった理由だけど、作曲者の河村光陽は、ハチローの姉のことを聞いた。 そのことがあったため、こういう曲になったかも知れない。
【おひな様の飾り方 について】
内裏雛の飾り方だけど、関東はお内裏様が向かって左、おひな様は、向かって右、関西は逆だと聞いていました。 これについても、調べました。 だいたい、そうなんですね。 昔からあったのは、関西方式。 江戸時代に、女帝(明正天皇)が誕生したとき、向かって右におひな様を飾ったようです。(向かって右が、上位と考えられている) 今の天皇・皇后は、関東式で並ぶそう。 上の写真は、関西式となるのかな。
【ひな人形にについて思うこと 2つ】
① 昔、木下順二の「夕鶴」を勉強したとき、都(京都)に行くことはない人は、都をどうイメージしたのかと思った。 そのとき考えたのが、きっと、ひな人形の世界かも知れないと思った。 つうがよひょうに話したのも、それに近いと思った。 貴族の世界かな。 夕鶴のブログ
② ひな人形を見ると、時が止まっている感じがする。 不気味なんだな。 昼間見るのは何とかなるが、夜見ると、なおさら。 どんな人形も同じかな。 生きてる表情ではないからか。 また、何を考えているかが伝わって来ないからか。 絵画など、芸術作品などは、そのことをあまり感じない。 例えば、フェルメールの、「真珠の耳飾りの少女」を見ても、それは感じない。 だれもが、こう思うとは思わないが。
「今日の歌」は、ふきのとうの「春雷」(YouTube)
「想い出の九十九里浜」(YouTube) たまに聞きたくなる。
「美しき星空の下 眠りゆくグレコの唄を 聞くは幻」
今朝の朝日新聞の朝刊の「天声人語」にあった。
古いシャンソンに、「美しき星の下に」というのがあるそうだ。 グレコという歌手が歌った。
新聞の歌壇に投稿した歌。
作者は、ホームレス。 どこに住んでいるかが分からない。
グレコの公演を手がけた中村さんと言う人が、「若くして欧州の文化を愛したであろう方が、食うや食わずなんて、胸がつまります」と言っている。
そのホームレスの人は、「百均の『赤いきつね』と迷いつつ 月曜だけ買う朝日新聞」も作った。
月曜日の新聞に、選ばれた歌が載る。
多くのものを捨ててホームレスになった。 でも、「感じる心」だけは、捨ててはいなかった。
感じる心を手に入れるのが、また、作り上げるのが一番むずかしい。
ジュリエット・グレコの「枯れ葉」(YouTube) 多分枯れ葉。 上の歌は見つけれなかった。
日本中を歩いて放浪の旅をした人間がいる。 私の教え子。 最初に担任した子供。 詳しくは分からないが、二十歳前後の頃。 何を思って旅をしたかは聞いていない。 リュックに着替えと、小さな寝袋くらいは持ったのか。 何を食べていたかは人から聞いた。 パン屋でパンの耳をもらう。 それと納豆を食べる。 そんな内容。
普段は、漁業をしているが、20代の後半に根室市議になった。 昨年、道議選に立候補したが、落選。 自分の思う生き方をしている。 ずっと会ったことはない。
山頭火も歩いての放浪の旅。 托鉢で少しのお金やお米をもらって旅をしていた。 お酒はどうやって手に入れていたのかな。
夏に道の駅に行ったら、一晩停めてる車が結構ある。 北海道以外のナンバー。 キャンピングカーではなく、普通の乗用車か、ワゴン車。 2・3週間の旅の人が多いと思うが、何ヶ月の人も、きっといる。 秋に、オムサロの浜で会ったおやじさんは、春に宮崎を出発したと言った。 車は軽だった。 毎日、何かの釣りをしての旅。
ワゴン車なら、平らなところで寝ることが出来るが、軽なら、座席を倒して寝る。 大変だ。 食事は、コンビニで買えば作らなくていい。 着替えや洗面道具とかを積んでるのかな。 車の12ボルトを変換して、パソコンを使うことが出来るのか。 それができれば、私のサーフで、放浪の旅が可能になる。 普通の生活をしている感じにはならないが出来る。
昔、カニ族と呼ばれる旅人がいたが、今は見ない。 毎日の交通費が大変だ。 放浪の旅は無理かな。
バイクの旅があるが、私は乗ったことがない。
あとは、自転車の旅がある。 これは、根性がいる。 私には無理だな。 この旅は、その日の目的地に着いたとき、車の旅より満足感が大きいかも知れない。
【追記】いろんな旅がある。 魅力の大きさは単純には決められない。 それぞれの旅に、私には分からない魅力があるんだろうな。 昨日の記事は、このことを考えないで書いていた。失敗。
今日は、ちょっと面白いことがあった。
漢字テストをした。 6年生。 採点をして戻した後、一人の女の子が、ここ間違ったけど、丸になっていますと言ってきた。 正直に言ったのが2点分。 だから、点数はいっしょ、と私は言った。 その子は、その考えに喜んだ。 別の女の子がこう言った。 私は、ずるいから、正直には言わないな、と。 私は言った。 自分がずるいと言うことを正直に言ったから、それも2点分あるな、と。 みんなで笑って楽しんだ。 6年生になると、こういう会話を喜ぶ。 この子達は、けっして、ずるをしない。 そう言う子供達。 めんこいですよ。
「今日に歌」は、久しぶりに、「チェ・ゲバラの歌」(YouTube) 二つ目の作品は、見る機会がなかった。 見たかったが。 チェは、今でも、キューバの英雄。 キューバの国づくりは、日本やアメリカとは違う。 裕福ではないが、みんな幸せなそうだ。 時々、そのことが新聞に載る。
知らない人が歌う、「砂の祈り」(YouTube) こういう歌ですよ。
我那覇美奈の「砂の祈り」(試聴) 短い。 イラク戦争を歌ってるのかな。 メディアプレイヤーが必要。 音はいい。 画面が出たら、クリックが必要。