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キャンピングカーで放浪の旅

 写真で探訪

     ※
鬼無里は、山深い谷にありました。
遙か昔、この地にを、という伝説が残っているだけたって、どこを写真に撮っても絵になる、そんな山里でした。
紅葉(もみじ)は、この地で暮らしました。

京の都を懐かしく思って、東京(ひがしきょう)、西京、二条、三条、加茂神社、加茂川 など、京の地名をここに残しました。  (この辺りです
紅葉のお墓もありました。 
加茂神社社の隣のお家で、お茶をごちそうになりました。 (7時41分)

     ※
今日一番知りたかったことは、紅葉がどうして鬼にされたのか、ということ。
また、いつから鬼で、原因はあるのかということでした。

鬼無里のふるさと資料館を目指しました。
町に入っても、紅葉伝説とかどこにも書いてない。
不安を感じた。

資料館に入った。 何もない。
館長さんと思われる人に聞いてみた。
そうしたら、紅葉伝説の絵が階段の壁にあった。
詳しく説明してくれました。

伝説の場所が、どこにあるかも、教えてくれました。
近くのお寺に行ったら「谷の京物語」という本が売っていることも。

何とかなるかなと思いました。

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行ってみてびっくり。
このお寺は、紅葉と深い関わりのある寺でした。
名前は、松巖寺です。  ここ。

住職さんは、境内も本堂の中も自由に見ていいという。
本堂に本があるので、買うときは、お金をそこに置いたらいいと言う。
もし私が泥棒なら、困らないのかなと思いました。

紅葉の墓が伝わっていました。 家来の墓も。

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ところで、紅葉って何者なのかですね。  1月19日のブログから、載せます。


紅葉(みみじ)伝説というのが、残っている。 紅葉は名前。 鬼の。  (追記  鬼でないときも、紅葉)
この伝説は、架空の話しではなく、具体的な人物がモデルになっている。
※時代は、藤原道長が活躍する少し前の時代。 900年代の中頃。 平安時代。
伝説の、概略を書きますね。

937年、会津にいた夫婦(笹丸・菊世)に子供が生まれた。 名を呉葉(くれは)とした。

※ 会津は、東北の最南部。 当時、東北は、中央に十分には支配されていなかった。 この夫婦は特別の地位にはない。 ある事情があって、この辺境の地にいる。 都への憧れを捨てていない。

呉葉は才色兼備。 美しく賢い。 呉葉と両親は京に上る。 呉葉は名を紅葉と改めた。 琴を教えていたが、源経基(つねもと)の目にとまり、仕えることになる。 紅葉は経基の子供を産む。そのころ、経基の正妻が病に倒れる。 その原因は、紅葉が妖術を使ったとされ、水無瀬と呼ばれていた「鬼無里」に追放された。

紅葉は、水無瀬の里で村人に、色んなことを教えた。妖術により病を直すなどしたので、村人の信望を得ていった。 一方で、都を懐かしみ、都の地名をこの地に付けたりした。 でも、都に上りたい気持ちは強くなり、その資金を得るため、盗賊集団と関わりを持ち、戸隠を拠点に一党を率いるようになる。 紅葉の名は、戸隠の鬼女として、都にまで響き渡った。 

紅葉の討伐を朝廷から命じられたのは、平維茂(これもち)。 紅葉の妖術に悩まされるが、最後は、紅葉の首をはねる。 紅葉(呉葉)33歳の秋だった。


本堂の中は広く、紅葉に関する物がありました。

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上の写真の、左の壁に、紅葉伝説がありました。
大きくなります。 時間があれば、どうぞ。

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謡曲に、「紅葉狩」というのがあるそうです。
もちろん、鬼無里の紅葉を退治するお話しです。
紅葉狩りと言う言葉は、上から来ているという説があるんですよ。

下の絵は、鬼に変身する場面です。

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紅葉に関わる物がありました。

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戸隠の方に、紅葉の岩戸があります。 
紅葉は、そこを陣地に戦った。
洞穴の中に、守護神として地蔵尊を祀っていた。

その地蔵尊をここに持って来て祀ったのが、この寺の始まり。
その地蔵尊が、これです。
空海が作ったと伝えられている。

岩戸に行きたかったが、道が悪いのでやめました。

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谷の京物語の本をいただいて、お金を置いてきました。

最初の地図の左側の方に行きました。
加茂神社です。 京都にもあります。

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この神社で、初めての物を見ました。
二十三夜塔です。 上の写真にも小さく。
これについて、今回聞くのを忘れました。
※ 電話で資料館に聞いてみたいと思います。 これについては、ここ。
※ 二十三夜待ちのブログにある切り絵は、滝平二郎さんのです。 少し前、亡くなりましたね。

   _MG_2603no2.jpg

この神社の隣のあばあさんと話しました。
お家でお茶といただきました。 蕗やタケノコの煮付けも。

この辺りは東京(ひがしきょう)で、二条と、教えてくれました。
昔は、東京に60数件家があったが、今は、30数件。 
ずっと昔は、畳に使う、紐を作ってたそう。 大麻で。
1時間ほど、おじゃましました。

こっちは、三条。

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こっちは、四条。 五条もある。  五条までが東京。
西京(にしのきょう)もある。 写真の下の方。

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この橋は、加茂川橋。 下を流れる川は、加茂川
本の名前の通り、谷の京です。

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少し離れたところに、内裏屋敷跡がありました。  ここ。
紅葉の住んでいたところです。

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こんな雰囲気なんですね。 想像図ですが。

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内裏屋敷は、道をはさんで、こっちまで。
舞台があった。 紅葉にちなんだお祭りがあるようです。
          鬼女紅葉太鼓(YouTube)  ここの舞台で。

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この絵は、目付きがこわい。

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反対から見たら、こう。  

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月夜の陵(はか)
と読みます。
紅葉の腰元の、月夜の墓という説があります。 紅葉が手厚く葬ったと。

この墓について、田中冬二という詩人が、エッセイの最後にこう書いています。(谷の京物語より)

月夜の陵  何といふ美しく また悲しい名であらう」 と。

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最後に。
知りたかったことが分かったのか、という問題ですが、一つは分かりました。
いつから鬼になったかです。

それは、生まれたときからです。
資料館の方が教えてくれました。
紅葉の両親は、子供が授かるように祈りました。
サムネイルの紅葉伝説の1に、神仏に祈ったとありますが、詳しくは、魔天(悪の天神)に祈っていました。 ここに問題がありました。(谷の京物語にも載っていました)

もう一つの、伝説で、どうして鬼にされたかということですが、証拠は見つからなかった。 
でも、想像はつきますね。
紅葉と言われる人は、この地に確かに来て、何かがあって戦った。
その才能や美貌が人並み外れていたので、人と違う物、つまり鬼にされた。
こういう展開は、よくあると思いますね。
伝説も面白くなりますし。


西島三重子の「鬼無里の道」で、この地を知りました。
来ることができました。
自分が思っていた以上のことが分かり、見ることが出来ました。
念願が叶ったということでしょうか。
よかったです。


【道の駅】   しなの  黒姫山が目の前です。  場所は、ここ

【明日の予定】  近くのどこかに。 小林一茶が、この町の出身のようです。
           昼まで寝るかも。 今日はおそくなりました。
           雨が降ってきました。

《今日の歌》   今日も、「鬼無里の道」です。YouTube)

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Author:akkamui21
ユーロスターで放浪の一人旅に出た、オジさんのブログ。
昨年春オホーツクを出発し、日本を2度往復。この秋に南下を始めたら、3度目に入る。

akkamui(アッカムイ)は、エゾモモンガのこと。子供の守り神の意味です。
ブログには、写真をいっぱい載せています。
よろしく。

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