※
恐山。 すごい名前だ。
名前の由来は分からなかったが、雰囲気にぴったりの名前。
恐山という山は無くて、取り囲まれてる山全体の総称。
また、霊場の名前も恐山。
むつ市を過ぎたら、山の中に入った。
どんどん上る、そして最後に一気に下る。
宇曽利湖という湖が見えてきて、そのそばに、霊場恐山はあった。 ここ。
この霊場の開基は、山寺と同じ円仁。
1200年の昔だそう。
入ったらすぐ、山門が見えた。
そのむこうに、地蔵殿。
円仁の彫った地蔵菩薩が祀られている。
まず、この霊場恐山は何なのかということです。
説明では、下北地方の人たちは、「死ねば 魂は お山(恐山)に行く」と昔から考えていたそうです。
だから、人々はこの山に、亡くなった人に会いにきていました。
後で触れる、イタコは、その仲立ちをしていたわけです。
少し、分かってきました。
左の方に行くと、賽の河原や地獄や極楽がある。
すぐ左は、こんな感じ。
温泉があった。入っていいことを後で知った。
ここは、日本の三大霊場の一つだそう。
高野山と比叡山とここ。
一番は、高野山でしょうね。二番が比叡山。
高いところに上って振り返ってみた。
湖も見える。
霊場って何かを調べてみた。
神や仏の力が、あら(灼)たかな所、とあった。
あら〈灼)たか、とは何だとなる。
調べたら、はっきりしていること、とあった。
灼の字は、灼熱地獄の、灼だ。
何となく意味が分かってきましたね。
霊場は、神や仏の力が、強く出ている所。そんな感じでしょうか。
こんなのが。
湖の白い砂浜は、極楽だそう。
今いる所は、賽の河原。
小さな地蔵が、いっぱいある。
勝手に置いていいよう。(大きなのは、許可がいるだろうが)
置いていいですよと、お土産屋に売っているのもあった。
こんなのも。
鋭い目つきでした。
賽の河原。
ここもです。
「悲しき過去持ちて 小石を積みたり」とあるが、なぜ積むのでしょう。
こんな考えが、ネットにありました。
「賽の河原」の思想によるものだそう。
親より早く死んだ子どもは親不孝の報いで極楽に行くことができない。子供だから地獄にも行けない。賽の河原にとどまって苦を受ける。
子どもたちは親を想い、その供養のため石を積みあげて塔を築く。でも、鬼がそれを壊わす。
それで、親は亡くした子の冥福を祈のって石を積む。
水子供養の場所。
八角円堂。血の池地獄があったのだが、気づかなかった。
これを見て、いつものように、わくわくしたが、出てこなかった。
小さな地蔵。これが、お土産屋で売っていた。
こんな所が。
小さな穴から、湯気が出ている。 手をかざして見たら、熱くて飛び上がった。
一番関心があったのは、これ。
入ってみたら、誰もいなかった。
この場所で、例のことが、行われるようだ。
この時、雨が降っていたので、左隣にある休憩所に入った。
しばらくしたら、70歳くらいの女の人が現れた。
イタコの方だった。ここに住んでいるという。
「口寄せ」の値段を聞いたら、3000円だと言った。
信じていない私にとっては、高かった。お願いはしなかった。
でも、後で、後悔した。
口寄せは少しでいいから、私の質問に答えてくれる形でお願いすればと。
少しだけ話せた。
若いときからしてると言った。
誰にも学んでいないとも。
子供たちは、みな大きくなったと。
今は、いろんな相談にものると。
イタコについて。
イタコは、口寄せというのをする。これは、死者の霊を自分に乗り移らせて、死者の言葉を語ること。昔は、東北地方で広くあった。今は、恐山の夏と秋の大祭のときに、路上に露天を開くように行われている。イタコマチと言われる。ただ、普段も、恐山にいることがあるそう。それで、今日たまたまいた。
こんなことを思いました。
この仕事で、生きていくには、人の心を見抜く力が必要だと。占い師に似ている。また、カウンセラーにも。
私は、聞いて見たかったと、後で思った。
すぐ意地悪なことを考えた。
今生きている人を、少しの間あの世に行って貰って、その人で聞いてみれば面白かった。終わってから、イタコのおばあちゃんには、実はその人生きているとは、言わないけどね。
大間のフェリー埠頭の駐車場に来ました。
強風警報が出ています。車が揺れます。
【今日の道の駅】 道の駅は無いので、フェリー埠頭にいます。 場所は、ここ。
【温泉】 大間温泉海峡保養センター 370円
【明日の予定】 この近くにいる予定。 この車を買った函館の会社は明日休み。 明後日の朝、函館に渡る予定。
《今日の歌》 ジュピター(You Tube)
北の旅人(You Tube)
恐山。 すごい名前だ。
名前の由来は分からなかったが、雰囲気にぴったりの名前。
恐山という山は無くて、取り囲まれてる山全体の総称。
また、霊場の名前も恐山。
むつ市を過ぎたら、山の中に入った。
どんどん上る、そして最後に一気に下る。
宇曽利湖という湖が見えてきて、そのそばに、霊場恐山はあった。 ここ。

この霊場の開基は、山寺と同じ円仁。
1200年の昔だそう。
入ったらすぐ、山門が見えた。
そのむこうに、地蔵殿。
円仁の彫った地蔵菩薩が祀られている。

まず、この霊場恐山は何なのかということです。
説明では、下北地方の人たちは、「死ねば 魂は お山(恐山)に行く」と昔から考えていたそうです。
だから、人々はこの山に、亡くなった人に会いにきていました。
後で触れる、イタコは、その仲立ちをしていたわけです。
少し、分かってきました。
左の方に行くと、賽の河原や地獄や極楽がある。

すぐ左は、こんな感じ。
温泉があった。入っていいことを後で知った。

ここは、日本の三大霊場の一つだそう。
高野山と比叡山とここ。
一番は、高野山でしょうね。二番が比叡山。
高いところに上って振り返ってみた。
湖も見える。

霊場って何かを調べてみた。
神や仏の力が、あら(灼)たかな所、とあった。
あら〈灼)たか、とは何だとなる。
調べたら、はっきりしていること、とあった。
灼の字は、灼熱地獄の、灼だ。
何となく意味が分かってきましたね。
霊場は、神や仏の力が、強く出ている所。そんな感じでしょうか。
こんなのが。

湖の白い砂浜は、極楽だそう。
今いる所は、賽の河原。

小さな地蔵が、いっぱいある。
勝手に置いていいよう。(大きなのは、許可がいるだろうが)
置いていいですよと、お土産屋に売っているのもあった。

こんなのも。

鋭い目つきでした。

賽の河原。

ここもです。

「悲しき過去持ちて 小石を積みたり」とあるが、なぜ積むのでしょう。
こんな考えが、ネットにありました。
「賽の河原」の思想によるものだそう。
親より早く死んだ子どもは親不孝の報いで極楽に行くことができない。子供だから地獄にも行けない。賽の河原にとどまって苦を受ける。
子どもたちは親を想い、その供養のため石を積みあげて塔を築く。でも、鬼がそれを壊わす。
それで、親は亡くした子の冥福を祈のって石を積む。

水子供養の場所。

八角円堂。血の池地獄があったのだが、気づかなかった。

これを見て、いつものように、わくわくしたが、出てこなかった。

小さな地蔵。これが、お土産屋で売っていた。

こんな所が。

小さな穴から、湯気が出ている。 手をかざして見たら、熱くて飛び上がった。

一番関心があったのは、これ。

入ってみたら、誰もいなかった。
この場所で、例のことが、行われるようだ。

この時、雨が降っていたので、左隣にある休憩所に入った。
しばらくしたら、70歳くらいの女の人が現れた。
イタコの方だった。ここに住んでいるという。
「口寄せ」の値段を聞いたら、3000円だと言った。
信じていない私にとっては、高かった。お願いはしなかった。
でも、後で、後悔した。
口寄せは少しでいいから、私の質問に答えてくれる形でお願いすればと。
少しだけ話せた。
若いときからしてると言った。
誰にも学んでいないとも。
子供たちは、みな大きくなったと。
今は、いろんな相談にものると。
イタコについて。
イタコは、口寄せというのをする。これは、死者の霊を自分に乗り移らせて、死者の言葉を語ること。昔は、東北地方で広くあった。今は、恐山の夏と秋の大祭のときに、路上に露天を開くように行われている。イタコマチと言われる。ただ、普段も、恐山にいることがあるそう。それで、今日たまたまいた。
こんなことを思いました。
この仕事で、生きていくには、人の心を見抜く力が必要だと。占い師に似ている。また、カウンセラーにも。
私は、聞いて見たかったと、後で思った。
すぐ意地悪なことを考えた。
今生きている人を、少しの間あの世に行って貰って、その人で聞いてみれば面白かった。終わってから、イタコのおばあちゃんには、実はその人生きているとは、言わないけどね。
大間のフェリー埠頭の駐車場に来ました。
強風警報が出ています。車が揺れます。

【今日の道の駅】 道の駅は無いので、フェリー埠頭にいます。 場所は、ここ。
【温泉】 大間温泉海峡保養センター 370円
【明日の予定】 この近くにいる予定。 この車を買った函館の会社は明日休み。 明後日の朝、函館に渡る予定。
《今日の歌》 ジュピター(You Tube)
北の旅人(You Tube)
スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
トラックバック
https://akkamui21.blog.fc2.com/tb.php/623-ddb181ca